【体温】



柔らかなミルクティー色の髪の毛を右手で梳きながら窓の外を見た。
太陽が一番高い時間。白いレースのカーテン越しにキラキラと差し込む光は暖かで、思わず目を細めるとかすかな眠気に包まれる。

「眠い?」

私の膝の上で、彼がそっと身じろぎする。スカートから覗く足に触れるふわふわの猫っ毛がくすぐったい。

「ちょっとだけ」

いいお天気だねと笑うと、そうだね、と彼も笑った。



昨晩のことだ。
翌日の休みを控えていた私はDVDを見ながら少し夜更ししていたのだけれど、日付が変わってしばらくした頃、手元のスマホが静かに音を立てた。
表示されている大好きな名前に驚きつつも嬉しくなって慌てて通話をタップすると、穏やかな彼の声が「明日休みになっちゃった」と呟いた。
会いたい、の声にドキドキしながら、どこか行きたいところある?と聞くと、彼は迷わず「うちにおいでよ」と言ったのだ。
そうして、ずっと大好きだった彼と付き合うことになってちょうど1週間目の今日。
私は初めて彼の部屋を訪れた。



家具の少ないワンルーム。
シュガーメープルのセンターテーブルを目の前に、足を崩して座る私の膝の上には大好きな彼の少し癖のある髪の毛。
右手で彼の頭を撫でるその感触も、左手に触れている薄浅葱色のラグも、とても柔らかで心地いい。

「慎之介さんの髪の毛、気持ちいい」

そう呟きながら彼を見ると、私の方を向いて寝転がる彼の顔に、髪の毛がふわりとかかっていることに気が付く。
くすぐったいかなとそれを少し後ろに流すように梳くと、彼は気持ちよさそうに目を閉じて穏やかに口角を上げた。

「僕も気持ちいい」

彼が話すたび、私の足から全身に振動が伝わってわずかに鼓動が早くなる。
頬に熱を感じて、左手で自分の髪の毛を耳にかけると、まつ毛の長い彼の瞼がゆっくりと持ち上がって、その瞳が私を捉えた。

「ほっぺた、赤いね」

ふわりと漂うキャラメルの甘い香りと一緒に、彼の線の細い手が私の頬をそっと撫でる。
ひんやりとした指先から感じる低い体温が気持ちよくて思わず目を閉じると、彼は小さく吐息だけで微笑んだ。

「今日は手、冷たいね」
「君の顔が熱いのかも」



彼の右手に頬を摺り寄せて、私の右手は彼の繊細な髪の毛をゆっくり梳いて。
好きだなあと思う。
きれいな横顔も、少し丸まった肩や背も、ミルクティー色の髪の毛も、歌うような優しい話し方も。
泣きたいくらい、好きだなあと思う。

「どうしたの?」

少しだけ心配そうに、だけどとても暖かく微笑みながら、彼が私の目元をぬぐう。

「……どうしたのかな」

目の前の大好きな彼は、たくさんの女の子の王子様で。
ずっと大好きだった、苦しいほど大好きだったけれど、その気持ちは絶対に告げてはいけないんだと思っていた。
自分から触れてはいけないんだと、そう思っていた。

「ねえ、慎之介さん」
「うん」
「……慎之介さん、大好き」

捕らわれる。伸びてきた腕に、近づく顔に。捕らわれて、塞がれる。
ひんやりと触れた彼の唇は、一瞬で熱く、熱を持って。

「ちょうだい」

そう呟いた彼にゆっくりと引かれた私の体が、寝転がる彼の隣にぴったりと寄り添う。
いつの間にか私の後頭部に回された彼の手が、今度は私の髪を柔らかく梳いて、そして。

「……息、吸って」

彼に告げられた言葉に、鼓動はますます早くなって、震えながら口から息を吸った、その刹那。

「大好きだよ」

私をふんわりと覆うように体制を変えた彼の唇が、私の口をそっと塞いで、熱い吐息を吐き出した。

(口の中、溶けそう)

苦しくなった私が彼の腕をぎゅっと掴むたびに2人で小さく息継ぎをして、そして何度かそのキスを繰り返して。
溺れるようなそれがようやく止んだかと思うと、慎之介さんはちょっとでも動けば触れてしまいそうなほど近い位置で私を見て微笑んだ。

「大人のキス、しちゃったね」

眼差しが、私の顔に落ちる彼の髪が、私の髪を梳く彼の指が。
くすぐったくて、恥ずかしくて、でもどうしようもなく愛おしくて。
溢れてくる幸せと涙に、頬を緩めながら。

「しちゃったね」

彼の真似をしてそう伝えると、もう1回、と近づいた彼の唇が、また私の口の中を、熱く、ゆるゆると溶かし始めた。



END



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