ごちゃごちゃと、たくさんの色の中に、たった一つ。
自分の一番欲しい色を見つけた。
その色だけ、浮かんで見えた。
違って見えた。
輝いて、見えた。
そして。
自分にはない、似合わない色に、見えた。
【グラデーション】
ぎゃいぎゃいと、遠くに騒ぎ声を聞きながら。
オレは手元のペラッペラの桃色の紙の重なりを、一枚一枚、ぶさっと広げる。
「な、ちゃん」
「うん?」
「なんや、空しくない? この作業。紙でお花ーって。いかにもって感じが、空しくない?」
ちゃんは、あはは、と、声を出して笑った。
確かに、と、やっぱりオレと同じように、ぶさっ、ぶさっと桃色のおはながみを広げながら。
「でも、なんか、私は、楽しいよ」
「え、いやいや、それどっち? 空しいん? 楽しいん?」
「うーん、何やってるんだろうなーっては思うけど、苦痛じゃないっていうか」
「うんうん」
「こうして単純作業しながら下らないこと話す感じとか、なんか、好きだよ」
そう言ったちゃんは、最後の一片を両手で包み込むようにふわっと丸くして、お花を一つ、完成させた。
そして、「姫条、水色の紙、とって」と、にこーっと笑った。
不覚にも、ドキッとする。
気づかれないようにそっと、水色の紙の方に顔を背けて、「あい」とその袋を渡した。
「ありがと」と言ったちゃんは、びりっと袋を開けて、今度は水色の紙を折り曲げていった。
「こんな風に、ぼーっとしてられる時間って、貴重だし」
「なるほどなー」
お互い、手元に視線を落として。
でも、オレはなんだかドキドキが止まらなくて、こんなん、柄にもないなんて思って。
「確かに、オレもちゃんと話せて楽しいわー」
焦ったオレの口から出たのは、目の前のお花紙くらい軽い、そんな言葉。
違う、何かが違う。
やってこんなん、他の子に言うことと同じ。
そうやなくて、オレが言いたいのは、きっともっと、別のことで。
もやもやと喉元に何かをつっかえながら、オレも最後の一枚をふんわりと両手で包む。
そして、ふさっとお花の溜まったダンボールにそれを投げ入れる。
ちゃんの脇にある水色のお花紙に手を伸ばしながら、こっそり横目で彼女の表情を盗み見た。
「あはは、楽しい? なら、光栄です」
なんてことない。
オレの発言なんか、全然気にしていないみたいに、彼女は笑っていた。
ちゃんのことを意識するようになってから、全ての感情はまるで、新雪のようにまっさらなものだった。
例えば教室移動のとき、ちゃんの教室の中に視線を泳がせてしまうこととか。
授業中、グラウンドに悪友の和馬を見つけると、ああ、ちゃんもおるんやなって必死こいて探してしまうこととか。
実行委員の仕事中、何気ないふりして近寄って話しかけたり、こうして同じ作業をしてみたり。
なんだか、こそばゆくてムズムズして、それでいて、わくわくして。
ああ、これか、と思う。
お袋が言っていた、「本当に欲しいもの」。
あれもこれもやない、これしかいらない、という感じ。
やって、こんなに人がおるのに。
可愛い子も、綺麗な子も、オレんこと好きやっていってくれる子も、なんでも。
でも、違う。
埋もれていても、混じっていても、彼女だけが浮かんで見える。
まるであの日見た、不恰好だけど暖かななリンゴのように。
何とも違う、特別な存在。変えの効かない、唯一、のもの。
そんなものに見えて、オレは手を伸ばしたい、でも、届かない、そんなことを考える。
相変わらず、オレらは二人で一つの机を挟んで、向かい合って。
ぺらっぺらのお花紙で、やっすい造花を作っていく。
そういや、体育、そろそろマラソンの時期だね、とか。
ちゃんのクラスに、和馬っておるやろ、とか。
購買前の自販機で、たまに牛乳買っちゃうよねー、とか、そんな、どうでもいい話を並べながら、
ただ、ひたすら作業を続ける。
心地よかった。
そろそろ夕日の時間が来るのに、それでも、寂しさなんてかけらもない。
周りがいくら賑やかでも、自分との温度差なんて感じない。
目の前の、さらさらと流れていくような声が、たまに混じる癖のある笑い声だとか、そういうちゃんがくれるすべてに。
温度を感じた。暖かい、と、思った。
「ちゃん」
「んー?」
「文化祭、楽しみやね」
「そだね。でも、当日、忙しいだろうね、私たち」
「せやなー。なんせ、実行委員、やもんな。雑用雑用、で、気がつけば終わってそうやね」
「だね。今だって、こうやって雑用雑用、で、気がつけば、はい! 放課後おしまい! だもんね」
「ははは。でも、そやな、」
「ん?」
「……明日もまた、きっとそうやってオレらは放課後潰すんやろけど、でも、そう考えるとなんや寂しいな」
ポロリ。
落ちたオレの本音に、ちゃんが顔を上げる。
オレたちは、自然と向かい合う。まだ赤く染まりきらない空気の中で、ふわふわ、ふわふわ。
まるで、時間や教室なんてないみたいに、オレたち二人の、変な空間を作りながら。
「今日、みたいな、こんな時間が終わってしまうのは、寂しいわ」
ちゃんは、黙っていた。
周りの騒ぎ声はどんどん遠ざかって、代わりに聞こえてきたのは、オレの心臓がばくばく鳴る音。
欲しいもの、は、ここにあるのに。
どうしてやろ、永遠には続かないんだって、そう思えて仕方ない。
何を言えば、この時間が続くだろう? 何をすれば、目の前の子に手が届くだろう。
(そんなん、きっと、無理)
例えば、水と油が交わりあわないみたいに、自然の色とパッションカラーがなじまないみたいに。
この子の色と、オレの色。きっと、交わることのない、似合わない色のように感じる。
目の前の欲しい色は。
オレには似合わない色に思える。
すごく、長い時間に思えた。けれど、それはきっと一瞬だった。
オレたちの作った不思議な空間は、やんわりとほどけていく。
ちゃんが笑う、いつもの吐息で。
「あはは、そうだね。終わったら、寂しいね」
よく、笑う子だと思う。
重なる、あの幸せがあった場所に、幸せを与えてくれた人に。
たった一人、オレに幸せを教えてくれようとした人の笑顔の温度に、重なって、オレの心に溶けていく。
なんだか、切なくなって、目をそらした。
(やって、どうせ、いなくなる、くせに)
分からない。
他のものとは違うんやって、大事なんやって、伝えるには、どうしたらええ?
手放さなくていい、グラデーションの中、隣り合う色になるには、どうしたら、ええ?
「きじょー!」
ちゃんとは違うほう、教室の入り口から聞こえた声の方に顔をやる。
あの、校舎裏の子が立っていた。
そういえば、帰りにお茶してこうって、そんな約束したような、しなかったような。
本当に欲しいもんの代えなんて、効くわけないのに、オレはどうしようもないアホで。
寂しさを紛らわせたくて、校舎裏のその子に笑った。
「待っててや、今、終わる」
欲しくないものに手を伸ばすみたいに、笑った。
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