縛りたいわけじゃない。
信じてないわけでも、軽い奴だと思っているわけでもない。
そうじゃなくて、ただ。

ただ、独占したいだけ。
俺はおまえに似合わない気がして、むしゃくしゃするだけ。






【独占欲とプライド】






「もうっ、どうして…!」

静かな室内に、張り詰めた声が響く。
目の前には、広げられたノートと投げ出したペン。

「どうしてもこうしてもねえだろ。俺はなんでって聞いてんの」
「だから、友達だからって言ってるでしょ?!」
「へえ、おまえは友達なら、どこでもホイホイ着いてくわけだ」
「だから、どうしてそういう言い方するの?!」
「それが答えになってねえって言ってんだよ」

ノートの隣に広げていた分厚い参考書が、自分のページの重みに耐えられなくなったかのようにぱたりと閉じた。
ああ、むしゃくしゃする。
さっきから、不機嫌をあらわに言い訳を繰り返す彼女も、全然頭に入ってこない公式も。
むしゃくしゃする。すっげー、腹が立つ。

「じゃあ、壬は友達に呼ばれても行かないんだ?」
「なんも、そんなこと言ってねえだろ? 俺が言ってるのは、なんでそう簡単に男と2人になるんだって、」
「男じゃない、友達!」
「…その“友達”が男だろって言ってんの」

マジメに勉強するはずだったのに。
そんな俺を、こいつも応援してくれるって。
なのに、なんだこれ。
どうしてこんなことになるわけ?
マジむかつく。訳分かんねえ。全部、目の前のこいつが俺の質問に答えねえからだ。

「男も女も関係ないでしょ? 珪くんは私の大事な友達なの」
「はっ、珪くん、ね」
「何よ!」
「べっつにー」

マジで…面白くねえ。
なんでこいつ、こんなに鈍感なわけ?
もう、何もかもが面倒になって、俺はその場にごろんと横になった。
頭上にため息が降ってきたけど、無視してそのまま目を閉じた。






事の発端は、数日前にさかのぼる。
俺はその日、午前だけだった予備校の後に、彼女のが通う一流大学に行くことになっていた。
最近の俺たちは、そこの学食で勉強することが習慣だった。
何千人と言う学生を抱えるこの大学の学食は誰が入ってもばれることはなかったし、
講義の合間、が俺の勉強を見てくれるからだった。

本当は、一人で十分勉強できる。
俺の志望校でもあるの大学に入るのは、合格したときにしたかったってのも、本当は少しある。
でも、は俺がサボらないように、煮詰まらないようにと呼んでくれたのはありがたかったし、
何より、こうでもしないと2人の時間が持てないのも確かだった。
そして、大きな理由がもう1つ。
付き合うようになって気づいたことだけど、はすげえモテる。バカみてえにモテる。
特に、高校時代の同級生とかいう、モデルやってる男と、眼鏡かけた植物好きの男。
あいつらは要注意だ。
「はば学の友達なの」と、初めてに紹介されたとき、俺はなんかピンときた。
根拠なんかねえけど、なんっつーのか…まあ、男の勘っていうのか、彼氏の勘っていうのか、
そんな感じの何かがあの男らが向けるへの視線から、なんかを感じ取った。
そんなわけで、目を離したくないってのも、の大学へ行く1つの理由だった。

その日、予備校から出た俺は、電車に乗り一流大学の最寄り駅で降りた。
駅から大学までは、閑散とした住宅街を抜けて徒歩で数分。
途中に、コンビニといくつかの小さな喫茶店がある以外は、何もない場所だ。
俺はと学食で昼メシの約束をしてたから、どこにも寄らずに真っ直ぐ大学へ向かった。
勉強漬けの俺にとっては悔しいくらい気持ちのいい快晴だなあなんて、たまに空を仰いだりしながら。
そのときだった。
近くの喫茶店の扉が、チリンと鳴るベルの音と一緒に開く。
そして、「あ、壬」と、がそこから出てきた。

――そんなとこで、何やってんだ。
口を開きかけたとき、の背後で色素の薄い栗色の髪の毛が揺れたのが視界に入った。
眉間に、力が入るのを感じた。
俺の第六感を動かす男、葉月珪がそこに立っていたからだ。

「何やってんの、おまえ」
「2コマ目、休講になっちゃって。珪くんとお茶してた」

ピキ、と、今度はこめかみが音を立てた。
だから言わんこっちゃねえんだ。頭に血が上った。

「…ふうん?」
「どしたの? 壬、ほら、行こう。学食でしょ? 勉強しよ」
「や、帰る」
「は?」
「いいわ、今日。気が変わった。ウチでやるからいい」

背中に、戸惑うの声を聞いたけれど、そんなのお構いなし。
俺は踵を返して、駅へ戻った。



本当は、聞きたいことがすげえあった。
言いたいことはそれ以上にあった。でも。
聞けるか? あんな状況で。
言えるか? あんな場所で。
ちんけなプライドかもしんねえけど、浪人生の身分で志望校に彼女に会いに行くのも本当はずっと情けなかったし、
あんな場所で嫉妬を剥き出しにやいやい言うのなんてゴメンだった。
ましてや、育ちも性格も頭も顔もよさげな男が、葉月が、あの場所にいたんだ。

やってみせると言いながら、結局ダチの呼び出しに応じて受験すらできなかった俺が。
素行の悪かった俺が。
あんな場所で、あんな奴の前で、彼氏面してなんになる。
惨めになるだけだと思った。負け犬になるだけだと思った。
心のどこかで、ずっと引っかかってたんだ。
と俺は、釣り合いがとれていない。
いつだったか、はば学の前で俺とを見た奴に怪訝な目で見られたじゃんか。
俺のせいで、が嫌なこと言われたじゃん。

苛立ちと憤りと、情けなさと不甲斐なさ。
俺の感情はそんなんでぎゅうぎゅうになって、俺はから逃げた。
あの時、俺を呼んだ声も、その後にしつこいくらい送られてきたメールも、着信も全部。
無視して、予備校と家とを往復した。
そして数日後、の…今日。
は俺の家に押しかけてきた。そして、言った。

「壬、何怒ってるの?」
「…、それ本気で言ってんの?」
「だって…私、何かした?」
「自覚ナシかよ」

きょとんと俺を見るその様子が、もう、むしゃくしゃして。

「どんだけ鈍感なんだよ! 葉月だよ!」
「えっ?」
「おまえ、何でああいうこと平気でできるわけ?」
「ああいうことって、お茶? だって、友達だもん、お茶くらい…」
「くらい? じゃあ、買い物行ったり公園行ったり、あれも“それくらい”のことかよ?」

あふれ出した俺の言葉に、の表情がどんどん険しくなる。

「壬、何の話してるの?」
「はっ、俺が知らねえと思ってんの? 予備校に、はば学出身の奴何人いると思ってんだよ」
「え」
「…見たって奴、いっぱいいんだよ。公園通りの店や公園に、おまえ良く行くらしいじゃん」
「行くけど…それがどうしたの?」
「どうしたの、だ? 葉月や、あの眼鏡の…守村だっけ? 一緒なんだろ」
「うん。ねえ、壬、何を、」
「フザケんなよ! 男と2人でどうしてそういうことすんのかって聞いてんだよ!」

声を荒げた俺に、は怯む様子も全くない。
本当に、何を言いたいのか分からないとでも言いたげに首をかしげて、そして口調を強めた。

「だって、友達だもん」
「友達だあ? なんでおまえはそう無防備なんだよ。すんなよ、男と2人でそういうこと」
「何でそうなるのよ! 友達でしょ? 偶然会えば話すし、帰りに一緒になったりするでしょ?!」
「友達だろうがなんだろうが、男と女じゃわけ違うだろ! バカかおまえ」
「バっ、バカって何よ!」
「バカだろ! おまえ、全然分かってねえんだよ!」
「もうっ、どうして…!」

…そして、冒頭に戻る、ってわけになる。






自分の腕で目元を覆いながら、俺は深いため息をついた。
予備校で、嫌と言うほど聞くの噂。
あのはば学で、定期テストは常にトップだったこと。
勉強だけじゃなくて、運動もできたこと。
明るくて社交的で男女問わず友達が多かったこと、後輩や先生からの人望も厚かったこと。
モテていた、ということ。

そんなことを聞くたびに、は、素行が悪かった俺とは間逆だったことを思い知った。
考えてみりゃ、すぐに分かることだったのに。
外見の良さや飾らない性格は、出会った頃から感じていた。
勉強を教わるようになって、頭がいいことも知った。
そりゃ、周りに人が集まって当然だろう。
でも、俺は考えたこともなかったんだ。はば学で、がどんな生活を送っていたか。
だって、校外でたまに会って、1対1で接してきた俺には、それは全然関係ないことだったから。
俺にとって、はでかい存在だったけど、他の奴にとってどんな存在かなんて、そんなの、どうでも良かったから。

でも、付き合うようになってこうしてそれを知ってしまった今、もうどうでもいいなんて言えねえ。
言えるわけがねえ。
むしゃくしゃする。無防備に、誰とでも仲良くするの行動が。
腹が立つ。浪人なんかしてる自分の情けなさが。

「どうして…」

深い、深い俺のため息に、のそんな言葉が混じった。
それはまるで独り言を呟くように、淡々と続く。

「どうして信じてくれないの? 別に、やましいことなんてなにもしてないもん。
 友達とお茶することの、一緒に帰ることの何がいけないの? どうしてそんなこと言うの…?」

ああ、もう、なんで分からないんだろう。
にとっては友達でも、相手にとっては違うかもしれないこと。
そういう何気ないおまえの態度に、惹かれる奴がいるかもしれないってこと。

すん、と、鼻をすする音が聞こえて、俺は渋々腕を動かした。
そして、起き上がる。
目を開くと、自分の手の甲で目元をこするの姿が目に入った。
俺はその手を掴んで、ぐっと引き寄せた。

「どうしてって、決まってんだろ…」
「じ、壬っ」
「黙れ」

唇を、少し強引に合わせる。
涙のせいで、少し湿ったキスになった。

「…嫌なんだよ。嫉妬してんだよ。分かれよそのくらい」
「じ、ん」
「あんまり、他の奴に近づくんじゃねえよ。気が気じゃねんだよ…おまえ、可愛いから」

何度か角度を変えて唇を合わせた後、自分の唇をなめた。
涙の味がした。
覗き込んだの顔は真っ赤だったけど、俺の顔も負けないくらい赤い気がしたから、そのまま抱きしめた。

「…壬、何言ってるの可愛く、ないよ」
「可愛いんだよ」
「かわいくな…」
「少なくとも俺にとっちゃ、めちゃくちゃ可愛いんだよ。だから、あんまり無防備なことすんな」
「……ん」
「友達が大事なのは分かっけど…そこは謝るけど、でも、あんまり他の奴と2人になるなよ」

腕の中。
のつむじが静かに縦に動く。
俺はそこに顔を落として、そして小さく呟いた。

「……俺を、惨めにすんなよ」

瞬間、俺の背中に回ったの腕が、ぐっと俺を抱きしめて。
そして、は息で笑った。



「…壬、心配性だね」
「うるせえ」
「壬は、惨めじゃないよ。かっこいいよ」
「…うるせえっつの」



対等になれるまで、にとって恥ずかしくない男になれるまで。
俺はあと、どれくらい?
「十分、かっこいいよ。私が好きなのは、壬」そう言ってくれるに、少しは心が軽くなるけど。
でも。

一日も早く並んで大学に通いたくて、俺は閉じた参考書に手を伸ばす。
そんな俺に、「一緒に勉強しよう」、そう笑ったはやっぱり魅力的で。
うずく勘に苦笑しながら、俺は頷いた。






END






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*天童攻略時は、必然的に勉強パラが高くなる&休日デートそっちのけでパラ上げに専念するので、
 主人公がモテモテになるという現象が…。特に、守村&葉月の爆弾発現率の高さに悩まされました。
 これは、主人公ちゃん大学入ったら、天童くん気が気じゃないなあという、そんな妄想…お粗末さまでした。