「おい、真咲」
「………」
「おーい?」
「……」
「おい! 真咲!! まーさーきー!!」
「わっ、びっ……くりしたー! なんだよ櫻井」
「なんだよじゃねぇよ。さっきから呼んでんのに。これ、ノート。いらねぇのか?」
「ああ、さんきゅー」
「なんだよ浮かない顔して。さては……」
「あ? なんだよ」
「さては、恋煩いだなあ〜?」
「……っ! ち、違えよ! そんなんじゃねえ」

本当は、否定できない。
気が付くと、脳裏に浮かぶあいつ。
その表情は、笑ってたり、怒ってたり、いじけてたり。
いつからだろう、こんなに意識するようになったのは。
こんなに多くのの表情が、目に浮かぶようになったのは。

オレは、きっと……。



【恋煩い】



昼休みの学食。
のことでせっぱ詰まったオレは、悪友の櫻井に相談を持ちかけた。
……まあ、無理矢理聞き出されたって言った方が正確かもしれねえけど。
それにしたって、どうかしている。
こいつに、こんな相談をするなんて。
そのくらい、最近のオレは参っている。

「ははーん、つまり、バイト先に気になる子がいるわけだ」
「うーん……そうなような、でもそうでもないような…」
「はっきりしねぇなぁ。気になるんだろ?意識せずにはいられないんだろ?」
「うー…まあ…」
「んでもって、気が付くとその子のこと考えちゃうんだろ?」
「……んん……」
「ばっかだなぁ、おまえ。そう言うのは恋わず…」
「わぁ、みなまで言うな!!」

多分…そうだろう。
オレだって、他の奴がこんなだったら櫻井と同じ事を言う。
気になって、考えて。
思い出しては、悩んで。
…そういうのを「恋煩い」という。
んなことは知ってる。百も承知だ。
でも、言葉にするのは余りにも恐ろしい。

「でさ、相手の子、どんな子なの?かわいい?どこの学校?まさか社会人?」
「…聞いてどうするんだよ、そんなこと」
「アドバイスしてやるよ、この櫻井様が。ほれ、言ってみ?」

獲物を見つけたハイエナみたいに、目を輝かせる櫻井にため息をつく。
(こいつ、急に核心部に触れて来やがった…)
オレが気になってたまらないあいつは、年下。
しかも高校生。
後ろめたくて言いたくない。でも誰かに聞いて欲しい。
そんな心境のオレは、真っ赤な顔を隠すように頬杖をつきながら話し始める。

「…一般的に見てどうこう、ってのは分からねえけど、少なくともオレにとっちゃかわいい」
「ふんふん、まぁそうだろうな。惚れてんだもん」
「ほ、惚れちゃいねえよ!で、学校は……」
「学校は?」
「…ねがさき」
「なに?」
「羽ヶ崎」
「…は?」
「羽ヶ崎学園。オレの母校だ」
「………はぁ!?おまっ…高校生!?」
「……そうですよ……」



…そうですよ。
だから悩んでるんです、オレは。

17歳と、20歳。

たった3歳と言ってしまえばそれまでだけど。
車の免許も取れないあいつと、酒まで飲めちゃう成人したオレ。
30歳と33歳とかいうのとは、やっぱり違う。
この時期、この年の差は、実際のそれよりも離れている気がするんだ。

「はー、ナルホドね」
「…なんだよ?」
「だからそんなに認めたくないわけだ、惚れてるって事」
「……だから、そんなんじゃねえって…」
「へぇ、そっかそっか、おまえがねぇ〜」
「…んだよ……」
「そっかそっか、ロリコンだったんだ」
「なっ!!」

「ロリコン。だろ?」

一番言われたくない言葉をオレに投げた櫻井は、面白そうに笑っている。
(悪魔だ。目の前に悪魔がいる…)
その憎たらしさに、頭にかっと血が上るのを感じる。

「ち、違う!!断じて違うぞ!オレはロリコンじゃない!」
「なんでよ。だって高校生だろ?」
「確かには高校生だ。だけど、オレは別に、高校生が好きなんじゃねえ」
「でも、好きな相手は高校生なんだべ?」
「結果的にそうだけど!でも、オレはが好きなんだ。歳なんて関係ねえんだよ!」
「ふーん」
「な、なんだよ」
「好きなんじゃん、やっぱり。そのちゃんって子」
「なっ…!」
「おまえ、力一杯宣言してたぞ?”オレはが好きなんだ”って」
「……うーわ……おまえ〜…」
「認めろよ、認めちゃえって」

「その方が、楽になるぞ?」

まぁまぁ、とりあえず落ち着けよ、と、櫻井が学食のお茶をオレに差し出す。
顔の熱を感じながら、オレはぐっと飲み干して、ため息をつく。

「……なぁ、やっぱロリコンかな」

頭に上った血がやっと引いてきて、オレは静かに櫻井に問いかける。

「ハタチの男が、17歳の女子高生に惚れたら、やっぱロリコン…だよなあ」

見慣れた制服。
少し懐かしい教室、教科書、グラウンド。
オレがその世界にいたのも、ついこの間って感じなのに。
気づけば、もう数年経っている。
昔の話になっちまったんだ。

「ハタから見ればな。ロリコンって言うやつもいるかもしんねえな」
「だーよなー…」

最初は、オレだってそう思っていた。
恋愛する相手じゃない。
かわいい後輩。
妹みたいな存在。
失敗したり、つまづいたりしながら、いい経験をいっぱいして。
ちょっとずつ成長するを、見守ってやりたいと思っていた。

でも、それじゃ足りない。足りなくなった。
見守るだけじゃなくて、アイツの青春に、オレ自身が。
オレ自身が入り込んで、一緒に色々な経験を積んでいきたいと思ってしまう。

歳なんて、関係ないだろう?
好きになった相手が、たまたま3歳年下だった。
そしてたまたま、オレはハタチで、は17歳。
女子高生だから、に惚れたんじゃない。
だから惚れたんだ。
そう、自問自答を繰り返すけど。
でもやっぱり、たまたまだろうがなんだろうが、とオレの間に年の差があるのは違いない。
埋まらない3年間。
それがとてももどかしくて、苦しい。

「やめるか?待つか?」
「…えっ?」

考え込むオレを黙って見ていた櫻井が、唐突に口を開く。

「ロリコンだから、ちゃんを好きなのやめるか?それとも、大人になるまで待つか?」
「………」
「やめちまえるなら、やめちまえ。待ちたいなら、勝手に待てばいい」
「…櫻井……」
「でもな、待ってたら、誰かにかっさらわれるぞ。待たなくても同じ位置にいる、同級生とかに」

その言葉に、オレは息をのむ。
が、他の誰かに…。
考えたことがないわけじゃないけど、こうやって目の前に突きつけられると、
改めてその情景がリアルに浮かんでくる。

「そうだよな……」
「うん?」
「正直、待ってやれる余裕は、今のオレにはもうねえんだ」
「……」
「もう、引けねえところまで来ちまったんだよなあ…気持ちが」

だったら腹決めろ。
櫻井の言葉に、オレは曖昧に笑った。
やめられない、待つこともできない。
でも、本当にそれでいいのか?
の大事な青春に、オレみたいな奴が割り込んでいいんだろうか…?

それでも悩み続けるオレの背中を、櫻井がばんっとたたく。

「い、いってー!…にすんだよ!」
「ロリコンじゃねーよ」
「…はあ?!」
「ロリコンじゃねー。おまえが違うっつーなら、ロリコンじゃねえよ」

突然のその言葉に、オレは目を白黒させる。

「気にしてんなよ、そんなこと。くっだらねえ。好きなモンは好き、そんだけだろ」
「…おまえ……」
「それ以外になにかあんのか?歳の差は関係ねぇって言いながら、一番気にしてんのはおまえだろ」
「……」
「恋愛は、まずお前と相手だ。外野はほっとけ。んなもんあとで考えればいい」

あまりにも単純な櫻井の言葉。
めちゃくちゃで、無鉄砲で。
でも、だからこそ、なんだか妙に納得できた。

「そうだよな…」

さっきは悪魔に見えた櫻井の言葉に、少しずつ心のつかえがとれていく。
(今度おごってやるかな…)
こっそり苦笑いをかみ殺して。
オレはさんきゅ、と小さく呟く。

「ま、おまえがこのままどっちつかずでぼーっとしてんなら」
「?」
「俺が言っちまうからな、ちゃんって子に」
「……はあ?!」
「アンネリーでバイトしてるんだよな、その子。よし、今度チェックしに行こう」
「や、やめろって!!だいたい、なんでおまえがそんなこと!」
「面白いからに決まってんだろ。暇なんだ、俺は」

やっぱり悪魔だ、そう言うと、櫻井は笑った。

「悪魔で結構。頑張れよ、健闘を祈る」

手を振って、先を歩く悪友の背中に、感謝と少しの怒りを込めて。
(……頑張るよ)
そう、こっそりと誓った。




「はい?」

アンネリーの休憩時間、オレはいつものように、を呼び止める。

「今度の日曜、おまえ暇か?」
「はい。なんですか?」
「ドライブでもしようかなあと思うんだけど。おまえ、来る?」

以前よりも少しだけ、後ろめたい気持ちは小さくなった。
ここに、オレがいて、がいる。
そしてオレはが好きで、大切で。
それだけなんだ。

「はい!行きたいです!!」

の笑顔を見て。
やっぱり、もう待てねえなと苦笑した。

王子が迎えに来る前に、姫の部屋の周りに沢山の花を植えて。
姫の笑顔を、オレだけのものにしちまいたい。
庭師のオレが、王子に敵うのか。
この思いが叶うかどうか、それは分からないけど。

もう、嘘はつかない。
オレはが大好きだ。



オレは今、年下の姫に、恋煩い。





END





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※櫻井くんのイベントを見て、好き→ときめきへの変化はこんな感じかなと思いました。
 大学で、あーでもないこーでもないって言っちゃう真咲先輩は、完全にデイジーに恋煩いかと思われます。
 あ、余談ですが。私は20歳の人が17歳の人を好きになってもロリコンとは思いませんよ。

 ・・・そしてこっそり、櫻井くんの番外編なんかも書いてみました(ドリーム非対応)。妄想でキャラ作りすぎです。
 真咲先輩もデイジーも出てきませんが、よろしければお読み下さいませ。
 番外編:櫻井くんの恋