よく考えれば、やったことなかったんだよな。

花屋なのに。



【恋する花屋】



「ありがとうございましたー」

アンネリーの店先、いつものようにお客さんを見送る。
軽く会釈をしたそのお客さんの腕の中には、オレが作った大きな花束。
派手すぎない、ほどよい彩りに、予算・大きさもオーダーどおり。
そして、お客さんの笑顔もばっちり。
…うん、我ながらいい出来だと思う。
アンネリーでバイトを始めてもう3年。
”花屋・真咲元春”も、だいぶ板についてきた。

「真咲君、立派になったわね」

同じシフトに入っていた有沢の言葉に、オレはますます図に乗って。
緩みっぱなしの頬のまま振り返ると、有沢は呆れたような顔をした。

「…まあ、3年もやってるんだから当然よね」
「あ、なんだよー、せっかくいい気になってたのに」
「いい気になりすぎるのもどうかと思うわよ?」

でもまあ、合格。
背を向けた有沢から小さく声が聞こえてきて、オレは改めてささやかなガッツポーズを作る。



花の手入れに戻って、オレは考える。
あの花束を買っていったお客さんは、あの花束をどうするんだろう?
花束だから、プレゼントって可能性が高いんだろうな。
誕生日かな。
お見舞いかもしれない。
男だったし、彼女へのプレゼントってのもありえるよな。

最初はお客さんの笑顔だけがやりがいだと思っていたけど、違うんだよな。
花はプレゼント用に買う人も多いから、お客さんがそれを渡す誰かも喜んでくれているかもしれない。

…お客さんの先にある笑顔。

直接には見られねえけど、それを思うとなんだか嬉しい。
さっきの花束をもらった人は、どんな顔をして喜ぶんだろう。
気に入ってくれるといいんだけど…。
そんなことを考えて、またオレはニヤニヤと頬を緩めた。



「そろそろ閉めようか」

閉店間近の店内、掃除をしていた有沢とオレに、店長の声がかかる。
返事をしながら顔を上げると、急に顔の前を何かが覆った。

「うおっ、何ですか?!」

慌てて身を引いて手を伸ばすと、それはクリスマス企画のポスター。

「これ、あそこに貼ってもらえる?明日から募集始めるから」

受け取ったそれに目を落とすと、緑地のポスターに書かれた、赤い文字。
”手作りの花束、作りませんか?”
そうだ、この企画、去年もやったっけ。
プレゼント用の花束のアレンジを、教える企画。

「今年もやるんですねー」
「ああ、昨年、割と好評だったからね」
「そうっすね、結構応募の電話受けたような気がします」

どうしても、女の人が多かったけど。
ちらほら来ていた男のお客さん。
そういえば、1回くらい講師もやった気がする。

「ってことで、貼っておいてね。あ、ついでに入り口の札も閉店に反しといて」
「あ、はい」

近くにあったテープを手に取り、オレは入り口に向かう。
そして、外に出していたいくつかの花を中に入れてから、
ドアにかかる札をOPENからCLOSEに反し、その下にさっきのポスターを貼る。

そうだよな、自分の作ったものをプレゼントできれば。
相手の好みを自分で考えて、それを形にできるわけだ。
それに、お客さんの先の笑顔。
それを、作った本人が直接、見られるわけだ。

そんなことを考えて、オレはふと思い出す。
そういえばオレは一回も、自分の作った花束を誰かにプレゼントしたことがない。
せっかく花屋で、自分で花束がつくれるのに。
でも、”花束を贈る”なんてキャラじゃないから、考えたこともなかった。

オレも、花束を贈られた、誰かの笑顔を見てみようか。
とっさに思って、思い浮かんだのは、あいつ…の顔。

あいつは淡い色が好きだから、小ぶりでかわいい感じの花束がいいかもしれない。
そして、黄色の不織布に、オレンジのリボンをかけて…。

「…って、何をオレはまじめに考えてんだよ…」

第一、オレからんなもんもらって、喜ぶのか?
柄じゃねぇし。
付き合ってるわけじゃない…というか、オレの一方的な片思いなわけだし。
ただのバイト先の先輩から、花束。
もらう理由なんてないし、あんまりやることじゃないだろ。



でも、思い浮かぶと、てんでやる気になっちまうのがオレの性分で。
気持ち悪く…はねえよな?
イヤなら持って帰ればいいだけの話しだし、迷惑でもねえよな…?

そう思って、店先にあった花から、オレの好きな花と、あいつの好きそうな花を何本か抜き取る。

「すんませーん!オレ、花束一つ買っていっていいですか?」

店長と有沢にそう叫んで、急いで花束を作りに作業台へ向かった。



それから、約15分。
予算が十分にないから、どうしても豪華にはならなかったけど。

「少しだけサービスしてやる。そこの花、入れていいぞ」
「あ、真咲君、そこ。気持ち斜めにすると、華やかに見えるわよ」

店長の気遣いと、有沢のアドバイスで、予想以上のものが出来上がった。

「ホント、ありがとうございます〜」
「なになに、自給安いからね。たまにはこれくらい」
「真咲君の手つきをみてると、つい口出ししたくなるだけよ」

にこにこと花束を見つめる二人に、もう一度お礼を言う。
時計を見ると、もう閉店の時間から30分が過ぎていて、
オレたちは急いで身支度を整えて、店を後にした。



一人になった帰り道の車内。
の家の近くに車を停めて、助手席に置いた花束にちらりと目をやる。

あいつの好きそうな花や色。
それをイメージして作ったのに、こうして見てみると、オレ好みの花束そのもので。

あいつのイメージ…だもんな。
オレ好みに決まってる。
そんなことに気がついて、苦笑する。

喜んでくれるだろうか?
笑ってくれるだろうか?

祈るような気持ちと、照れくささを、花束と一緒に背中に隠して。
オレは深呼吸を1つして、の家のチャイムに手をかける。

『はーい?』

すると、大好きなの声の声がして、ゆっくりと扉が開く。

「じゃーん!花屋、アンネリーです!」

不安を妙なテンションに押し込めて、花束を持った手を精一杯伸ばすと。

「真咲先輩?!」

そんな驚きの声が上がって、オレは少し顔をずらした。



そこで、花束越しに見えたのは。

オレと花束を見比べて、驚きの表情を喜びのそれに変化させる、大好きなの姿。

…お客さんの先にある笑顔、花束をもらった人の顔。
それは、さっき想像していたそれなんかより、ずっと幸せで、ずっと暖かくて。

オレは花屋で幸せだな。

改めて喜びを噛み締める。



「ど、どうしたんですか?」
「これ、プレゼント。ありあわせの花で、急いで作ったもんで悪いけど、よかったらもらってくれ」
「え…どうしてですか?」
「えっ?!…うーん、花屋、だから…?」
「??」
「…ホラ、いいから!照れくさいんだ。聞くな!受け取れ!」



今年のクリスマスは、に花束をプレゼントしてみようか?
もちろん、今日の花束みたいな、急いで作ったような花束じゃなくて。
もっとちゃんと手間とお金と気持ちを込めた、いい花束。

柄じゃねえし、照れくささはまだ捨てきれないけど。

「ありがとうございます。…きれい……えへへ、嬉しいです!」

この笑顔を見るためなら、そんなこと気にしていられねえよな。



今度はどんな花束を作ろうか?


嬉しそうに花束を受け取ってくれるの姿を見ながら、
オレはまた、自分でも呆れるほど真剣に考え始めた。





END



「おまけ編」>(その後の店長・有沢は…ギャグっぽいです)



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