暇なわけじゃない、クリスマスイブ。
彼女はいねえけど、合コンに誘われた。
大学の友達に飲みにも誘われた。
こんな時期だ、割のいい臨時のバイトなんかも探さずとも見つかるだろう。

…じゃあなんで、こんな日に。
オレは、アンネリーでバイトしてるんだ…?






【白い景色・1】






12月24日、午後3時。
寒い。んでもって、忙しい。

「真咲くん、これとこれとこれ、配達お願い!」
「はいはい!じゃあ有沢、こっちお願い」
「分かったわ。はい、伝票」
「おう!」

クリスマスカラーに彩られたアンネリーの店内。
もう、数日前からずっと慌ただしい。
目の回る忙しさ、ってのはこんなことなんだろうな。
んなこと実感してる暇なんて本当はねえけど、重い鉢植えを車に移しながら忙しさを噛み締める。

「じゃ、行ってきまーす」

店の中に一声かけて、車に駆け込む。
アンネリーのボロ車の中、オレは身震いを一つしてアクセルに足をかけた。



配達先は、レストランだったり、スーパーだったり。もちろん個人の家もある。
その先々で見かけるのは、華やかな飾り付けや、軽快な音楽。
そして、幸せそうな笑顔。
車内から見る街中だって、いつもより彩り鮮やかで。
目に付くカップルは、見るからにはしゃぎながら歩いている。

「はぁ…いいなぁ…」

ため息と一緒に、思わずこぼした言葉にオレは苦笑する。
それなりに祭り好きだけどどうもムードに欠けるオレは、去年までこんなことは思ったりしなかったわけで。
そりゃ、彼女なんかがいたときは楽しく過ごせるけど。
いなくたって、友達とバカ騒ぎしたり、うまいもん食って過ごせば楽しい。
…それだけで、満足だったのに。

「片思い、なんてそれこそ柄じゃねーよな」

クリスマスと言われて真っ先に思い浮かんだのが、バイト先の後輩、の顔。
3コも年下のあいつのことが好きだなんて、認めたくないけど。
今回だけじゃない、最近では何かにつけてあいつを思い出しちまうんだから、
往生際の悪いオレも認めざるを得ないっつーか、なんっつーか…。

オレがこんな日に、アンネリーでバイトしているのも、それのせいといえばそれのせい。
クリスマスは忙しいから、バイトは強制的にほぼフルメンバーに召集がかけられるわけで。
だからオレは、も来るんだろうなぁ…と、思った。
…バカだよな、オレ。
羽学は、毎年の恒例行事、クリスマスパーティーが開催される。
オレは、卒業生なのに忘れてたわけだ。
本当にバカだよな、オレ…。

バイトでもなんでも、こんな日にの顔が見られれば幸せだなと思っていたけど。
どうやらそんなささやかな願いも叶わないまま。
オレは、有沢が丁寧に回りやすい順番に並べてくれた伝票を見ながら、着々と配達を進めていた。



午後6時。
郊外の小さなバーに配達を終え、車に戻る。
あんなに明るかった空も気づけばすっかり黒くそまって、住宅街にはちらほらとイルミネーションがともり始める。

「さー、次は…」

分厚かった伝票も、残すところあと1枚。
荷台に残っていたのは小ぶりの花束(オレがつくった)だったから、個人への配達だろうか。

「……はっ?」

住所をチェックして、驚いた。
なぜって、そこには、

“はばたき学園  宛”

と書いてあったから。

って…だよなぁ?」

伝票を隅から隅までチェックする。
差出人は、花屋アンネリー。
そして、余白スペースには、店長のふざけた字でオレ宛のメモが書かれている。

 必ず、本人に直接渡してください。
 アンネリーから真咲に、ささやかなプレゼント。
 FOR YOU!

「まっ…えっ?」

混乱しながら、伝票のメモと差出人を見比べる。
これは、への花束だけど。
配達そのものは、オレへのプレゼントって書かれてるわけで。

「…あ〜…てんちょ…気づいてた、のかぁ…」

照れくささと、恥ずかしさと。そして、くすぐったさ。
…そして、会えるんだという、嬉しさ。
こみ上げてきて、顔に力が入らなかった。

「ったく、しょーがねえな…」

言い訳のようにそう呟いてから、オレははばたき学園へと車を走らせた。



目的地まで着くと、いつもの来賓駐車場に車を停める。
荷台にある花束を手にとって、パーティー会場になっている体育館へ向かう。
一歩一歩近づくにつれ、鼓動が早まるのを感じる。

「落ち着け、元春…これは配達だ…」

まるで呪文のように唱えた言葉が、寒さで白く染まる。
冬だな。
12月だな。
今日はクリスマスなんだよな。
どうでもいいことを考えていると、体育館はすでに目の前。
緊張をだましながら、扉をそっとのぞく。

すると。

「あの、何か御用ですか?」

急に背後から声をかけられ、思わず飛びのくかと思った。
慌てて振り返ると、そこには“受付”の文字。

「あ、そうか。すいません、花屋アンネリーです、花の配達で…」
「はい?聞いてませんが」
「あー、学園にじゃなくて、その、参加してる個人宛なんですけど」

何度も確認したし、の名前を忘れるなんてことはあるはずないんだけど。
なぜか何度も伝票を見直しながら、オレは受付の人にそう伝える。
すると、受付の人は少し微笑んで、

「あ、そうですか。お名前お伺いできますか?放送でお呼び出ししますので」

と言った。

…しかし。

放送で、呼び出し、か…。
扉からのぞく会場は、見るからに楽しそうに盛り上がっていて。
料理も美味い上に無料だから、このイベントの参加率は結構いいんだよな。
脳内に、楽しかった思い出が浮かんで、オレは躊躇した。
こんな楽しい時間に。
こんな用件で、呼び出しちまっていいもんなのか…?

「あの、どうかされました?」
「あ、いえ、その…」

クリスマスに。
理由はバイトだって、なんだっていいんだ。
こんな日に、の顔が見られれば、幸せだと思った。
だけど、それはオレの一方的な想い。
にだって、こんな日に一緒に過ごしたい奴が他にいるのかも知れない。
…この会場の中に。

「すんません、名前メモしてきますんで、帰りにでも渡してやってもらえますか?」

考えて、混乱した挙句、出てきた言葉はこれだった。

「あ、そうですか。分かりました、かまいませんよ」
「お願いします」

オレはポケットに刺してあったボールペンを取り出す。

 “1年C組 様   花屋アンネリーより”

メモ紙に書きながら、ため息が漏れた。
1年C組、か…。
そうだ、オレたちの間には、年齢の壁がある。
この会場には、もう入れなくなったオレと。
懐かしい肩書きを持つ

年上なのに、先輩なのに。
オレのエゴで、の大事な時間を奪っちまったらかわいそうだよな。

「…こちらになります。それじゃ、すみません、よろしくお願いします」
「はい、確かにお渡ししますね」

ありがとうございました、と頭を下げて。
オレは体育館を後にした。






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