タイムマシンがあったら、どの瞬間に戻りたい?
久しぶりに会った櫻井に聞かれて。
オレは、答えられなかった。
戻りたい瞬間がないんじゃない。
ありすぎて、どこに戻ったらいいのか分からないんだ。
【タイムマシンで見た未来・前編】
気がつけば、太陽が沈んでからもう大分時間が経った。
帰宅ラッシュも終わった電車。
くたくたの体を硬いスプリングの椅子に沈めて、ため息を1つ。
またこんな時間になっちまった。
……なんて思うことには、もう慣れた気がする。
仕事で失敗して、残業を繰り返すことも。
頭を下げることも。
思っていることと、逆のことを言うことも。
全部、全部慣れちまった気がする。
就職して3年。
最初から、こんなんだったわけじゃない。
落ち込んでは、辞めちまおうかと思ったときもあったし、
仕事に行きたくないと思うことなんて、ほぼ毎日だった。
数え切れないほどの失敗と愛想笑いを繰り返すうちに。
なんだかそれが、当たり前になっちまっただけ。
ただ、それだけのことだと思う。
最初に描いた夢は、スポーツ選手だった気がする。
次は獣医。その次は、ロボットなんかを作る技術者。
宇宙飛行士に憧れたこともあったし、
映画の製作者になりたいと思ったこともあった。
成長するにつれて、さすがに大きすぎる夢は持たなくなったけど。
それでも、やりたいこと、できそうなこと、色々考えて。
悩んで、苦労して、就職した。
できる限りで一番いいものを、掴んだつもりだった。
こんな日常に慣れてしまった最近。
……特に、この残業が終わった後。
酒の臭いが充満した電車の中、オレは思う。
こんなはずじゃなかったのに、と。
オレがしたかったのは、愛想笑いやご機嫌取りじゃない。
失敗を繰り返すつもりもなかったし、
「定時って何時?」と聞かなきゃ忘れてしまうほどの残業に追われるつもりもなかった。
オレは、何をしているんだろう。
何のために。
どうして。
こんなことをしているんだろう。
社会に出るときに、描いていた理想。
それは、スポーツ選手や宇宙飛行士みたいに、でかい理想じゃなくて。
このくらいなら実現できるんじゃないかと思っていた、夢や希望。
なんだか全然、叶っていない気がする。
ため息を隣に、考えながら。
思い浮かぶのは、この前久しぶりに会った櫻井の言葉。
『タイムマシンがあったら、どの瞬間に戻りたい?』
頭が追いつかないほどの速度でフラッシュバックするシーンに。
息苦しさを感じながら、オレは目を閉じた。
そんなことを考えていたせいか。
それとも、電車の機械的な走行音のせいか。
オレは、夢を見た。
タイムマシンに乗る夢。
おかしな夢だった。
これは夢だ、と、実感しながら見る夢。
そのくせ、リアルでよくできていて。
驚いたけど、違和感なく飲み込めるような世界だった。
夢の中のオレは感心しながら、タイムマシンの中をぐるりと一周した。
どうやら行き先は、すでに設定されているようで。
どこで止まるんだろう、と。ドキドキした。
きっとそこが、人生の分岐点。
そう、オレのささやかな直感が、わずかにうずいた気がして。
ばかばかしい夢だなと思いながらも、自分で作り出す夢の世界に、期待して、緊張していた。
止まったマシンから、降りると。
驚いた。
一番にオレの目に飛び込んできたのは、小さなアパート。
就職して落ち着いたころに越してきた、
オレが今住んでいるアパートだった。
就職するときでも、大学受験でも高校受験でもない。
今は一体、いつなんだ?
“オレ”を見て、確認しようか。
そう考えて、コンクリートの階段を登る。
自分の部屋に向かうのに、忍び足な自分がちょっと面白い。
「知ったところで、どうなるってワケでもねえのにな」
少し笑いながら、独り言を漏らすと。
背後から人が近づく気配がした。
(うわ、やべっ)
咄嗟に隠れようと思い、あたりを見渡したけど。
狭いアパートの階段に、そんな無駄なスペースがあるわけはなく。
おどおどしているうちに足音はすぐ側まできて。
止まった。
ゆっくり、ゆっくり振り返ると、そこにいたのは今のオレと同じ歳くらいの女の人。
「あれ、おまえ……」
「あ、れ……?」
オレが知っている姿より、大分大人びていたけれど。
「あれ、あのー……元春、だよ……ね?」
そこにいたのは、よく、見覚えのある。
大好きなだった。
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