「……なんっつーかさ、おまえ」
「……はい」
「うーん……なんっつーか、な」

下げていた視線を、ため息混じりに上げると。
そこには、涙目で、真っ赤な顔をした彼女。

「ほんと、タイミング悪いよな」
「はい……」

今日は、ホワイトデーなんだけどなぁ。
なんでだろうな。
オレの“本命”は。



ベッドの中で、熱にうなされている。





【 Present For... ―前編― 】





さっきから、時計の秒針の音がやけに気になる。
初めて入ったの部屋。
予期できるはずのない事態に、オレはどうも落ち着かない。

「で、今日は何でバイト来た?」
「大丈夫だと思って……」

ほんの数十分前。
オレたちは、アンネリーで一緒に鉢植えの手入れをしていた。
は、だんだん暖かくなってきましたね、なんて言いながら。
オレは、そんなの手を、こっそり眺めながら。

「39度も熱があるのに、か?」
「あ、朝はもうちょっと低かったし……」
「何度?」
「38度…」
「38度?」
「…8分」
「……それは、約39度って言うんじゃないですかね?」
「……ごめんなさい」

いつもどおりのバイトのはずだった。
でも、この困ったさんは。
39度……もとい。
38度8分の熱で、バイトにきちまって。
鉢植えの手入れが終わって、立ち上がった瞬間。
目を回して、背後にいたオレの胸に倒れこんだ。
いつもどおりのバイトは、途端にいつもどおりのバイトじゃなくなった。

「はぁ……心臓止まるかと思ったぞ、オレ」
「ごめんなさい……」
「頼むよ、本当に」

何度目かの深いため息をついて、頭をかくと。
は申し訳なさそうに、鼻先を布団にうずめた。





まあ、そもそも。
オレにとっては、今日のバイトはいつもどおりじゃなかったんだけど。

なんだ、その、ホワイトデー、だから。

先月、幸運にも大好きな女の子から本命らしきチョコをもらえたオレは。
もう、2週間も前から、準備万端で。
張り切って、昨日の夜なんて寝付けなかったわけで。
あわよくば、もう告白なんかもしちまおうかなー、なんて思っていた。
そろそろこの、曖昧な関係を卒業するのもいいんじゃねえのか?なんて。

「……ホント、タイミング悪いよなぁ」

布団の中の、辛そうなの顔を見る。
はかすれた声で、すみません、と繰り返して。
辛そうに呼吸を荒げている。

「あのよ、分かってると思うけど」
「はい」
「熱が出たら、バイトは休んで良いんだぞ?」
「……はい」
「どうして来たんだ?」
「……」
「まあ、おまえのことだろうから、今日は忙しいし、とか、そんなん気になってたんだろうけど」

「でもな、ピンチヒッター頼めばいいことだろ?」
「………」
「無理すんな。心配すっから」
「……ごめんなさい」

風邪のせいで、目を潤ませているは。
今にも泣き出しそうに見えた。





秒針のうるさい時計に目をやる。
配達がてら、と、を送ってきたけど。
そろそろ、アンネリーに戻んないとまずいだろうな。

でも、どうしたもんだろう。
咄嗟に、エプロンのポケットに突っ込んできた、バレンタインの“お返し”。
このタイミングで、渡して良いもんなのかどうか。
迷って、さっきからずっと、手に握り締めている。

「真咲先輩」
「……あ。うん?」

不意に名前を呼ばれて、飛び出たオレの声は間抜けだった。
慌てて、の枕元に腕を付き、視線を合わせる。

「そろそろ戻りますよね?」
「ああ、うん。そうだな」
「ごめんなさい、本当に」
「いや」

でも、心配すっから。
次からは、ちゃんと休んでくれな?
そう言って頭を撫でると、は急にぽろぽろ泣き出した。
風邪特有の浅い呼吸に、嗚咽を含ませて。

「う、うわ、? どした?」
「……ごめん、なさい……」
「な、泣くな? ごめんごめん、言いすぎたー……よな?
 や、怒ってねーぞ? おまえ、頑張ったんだもんな?」
「…ちが……っ……」
「どした」
「違うん、です……」
「え?」
「違うんです、私……。私、どうしても今日、真咲先輩に会いたく、て……」

その言葉に。
オレは一瞬固まって、息を飲んだ。



なんつった? 今。
……オレに、会いたくて?



「今日会わなきゃ、お返しもらえないかも、なんて」
「………」
「そんな、ちゃっかりしたこと考えて、私……」

「……頑張ったんじゃないんです。ごめんなさい……」
「い、や」
「ごめんなさい……」

しゃくりあげて、涙をぬぐうに。
オレはどうしようもなく顔が熱くなって。



プレゼントを握る手に。
の、頭に添えた手に。



無意識のうちに、力が入った。





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