おおきな手。
おおきな背中。
やさしい目。
やさしい声。

わたしはあの人が大好きだけど。
これが、叶わない恋だってこと。

本当は、最初から知ってるの。






【魔法使いの言葉・1】






背伸びをして、あくびを一つしてから。
彼をこっそり盗み見る。
相変わらずの仏頂面に、わたしはやっぱり少しどきどきして。
照れ隠しに耳の後ろをそっとかいて、丸まった。

彼、シバカツミはわたしと一緒に暮らしている、おおきな男の人で。
わたしの一番、大好きな人。

今日の彼は、いつもに増して不機嫌で。
その不機嫌の原因に、わたしはもっと不機嫌だ。





ゆっくりと、ため息を吐き出してから。
不機嫌な彼は、不機嫌なわたしを手探りで抱き寄せて。
そして、わたしの頭をゆっくりとなで始めた。

彼はいつだって。
そう、こんなに不機嫌なときだって、どこまでも優しい。
わたしをなでる時の手の温度や、大きさ。
抱き上げるときの目線の柔らかさとか、腕のたくましさ。

どきどきするし、安心する。
その幸せに、わたしは身をゆだねて。
ただじっと動かずに。
幸せにひたっていたくなる。

わたしは、そんなシバカツミが大好きで。
いつだって、独占したくてたまらないのだ。



……でも、数ヶ月前から、それは叶わない夢になった。



それは、彼の不機嫌の原因のせい。

彼女は、彼よりもずっと小さくて。
頬が桃色で、花のにおいがする女の人。

わたしは、彼女のことが嫌い。

華奢で、温度の低い手も。
か細いけど高い、耳に障る声も。
香りもわたし好みじゃないし、彼女はいつも、水のみのお皿に水を入れすぎる。

そして何より、彼の時間を独占する。

彼女がくると、いつだって。
彼は彼女だけを優しい目で見つめて、
わたしをなでるときよりも、もっと柔らかな。
そう、まるで、壊れ物を触るみたいに、彼女に触れる。
優しく、そっと。ありったけの幸せを、確かめるように。

そしてわたしは、居場所を失う。
窓際にある、お気に入りのクッションのある場所や、
使い慣れた玄関マットの上。
どこにいても、ちっとも落ち着かない。

そして、心から思う。
わたしにも、彼に伝わる言葉があればいいのに。
彼と話せる。
彼に伝えることができる、言葉を使えればよかったのに。



本当は、最初から知ってるの。
この恋は、叶わないってこと。
だって。
だって、わたしは猫だから。



わたしは、彼の膝の間からすり抜けて。
彼女を見た。

わたしは知っている。
今、二人がけんかしていること。

彼も、彼女だって、言葉を持っているのに。
わたしが欲しくてたまらないものを持っているのに。
ただ黙って、背中を向けている二人がもどかしかった。



だから人間はどうしようもない、と思った。






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