「…?」
そう呟いて、志波くんは不思議そうに私をのぞき込んだ。
その視線からどうやって逃れようかと、慌てた私はそればかりを考えた。
【背中ごしの気持ち・2】
靴擦れなんてかっこ悪いし、何より迷惑をかけたくなかった。
…でも、靴まで脱いで絆創膏片手に奮闘していた私が、器用に隠し通せるわけはもちろんなくて。
「し、志波くん!お、おかえ……きゃっ!」
急いで立ち上がろうとした挙げ句、バランスを崩してしまう。
こ、転がる…!
そう思ったけど、駆け寄った志波くんに腕をつかまれ、なんとか体制を持ち直す。
「あ、ありがとう…」
お礼を言いながら、私は半ば起こされるようにして立ち上がる。
「何やってるん…」
私の裸足になった足に、落ちてくる視線。
「…ああ、靴擦れか?」
…はい、そうです…。
返事の変わりに小さく頷く。
…ばれちゃった。
穴があったら入りたいって、こういうことなのね…。
私はうつむいたまま、視線を上げられない。
「とりあえずこっち…来い」
顔を上げない私に志波くんはそう言って、2〜3歩先の植木の柵を指す。
「ここ、座れるか?」
「う、うん…?」
言われたまま、私は靴を持って、片足跳びでそこへ向かう。
そして少し高めのその柵に、寄りかかるように座る。
「…新しいのないのか?」
正面の志波くんは、立ったままそう言う。
「何が…?」
「絆創膏。それじゃ使えないだろう」
おそるおそる視線を上げると、志波くんは私の手にある丸まった絆創膏を見ていた。
「あ、ある…」
鞄を探して取り出し、私はそれを開けようと指をかける。
すると志波くんの大きな手がすっと差し出されて、私の手の中の絆創膏を引き抜いてしまった。
「貼ってやる。…さっきの体制じゃどう考えても無理だろ」
貼るって…志波くんが絆創膏を?…わ、私の足に?!
そんな、とんでもない…!
私は慌てて絆創膏に手を伸ばしながら首を振る。
「そんな!いいよ、大丈夫!自分で…」
「自分で貼ろうとして、転げそうになったんだろ」
「そう…だけど、でも…」
「いいから…貸せ」
私の制止を軽く振りきって、志波くんはすっとしゃがむ。
そして私の左足の小指を確認すると、絆創膏を開け始めた。
「結構剥けてるぞ…痛くないのか?これ」
少し顔をしかめながら私の足を取り、絆創膏をそっとあててくれる。
「ちょっとだけ…痛い、かも…」
答えた声は、震えている。
さっきから、自分の鼓動がどんどんうるさくなる。
うつむくと、ちょうど目に入る位置に志波くんのつむじがあって、私は焦る気持ちを抑えながらそこを眺めていた。
ああ…本当に格好悪い。
やっとの思いで誘ったデートで、靴擦れ。
挙げ句、バランスを崩して転げそうになって、大好きな人に絆創膏を貼ってもらっている。
…しかも、その部分は足。
申し訳ないし、なにより…恥ずかしい。
「…よし、貼ったぞ」
志波くんはそう言って立ち上がると、私の手から靴を取り、下に置いてくれる。
「ありがとう、ごめんね…」
靴に足を入れて、私は立ち上がろうとした。
「…どこ行くんだ?」
「え?」
「飲み物、買ってきた。ここで一息ついて行かないか?」
「あ、ありがとう」
「…ん」
志波くんは私に暖かい缶のお茶を差し出し、隣に座る。
怒ってないかな?
呆れてないかな…?
私はそっと、その表情を伺ってみる。
でも志波くんは相変わらずの無表情で、そこからは何も読み取れなかった。
2人で並んで、黙ったままで飲み物に口をつける。
何かお話しなくちゃ、そう思ったけど。
…もしかして、これ以上取り繕ってもまたボロを出すだけ?
それ以前に、こんなに迷惑かけたんだもん、怒ってる、よね…?
そう思うと怖くなって、私は口を開くのを躊躇する。
どのくらい黙ってそうしていたんだろう。
それは、缶の中身がなくなってから、少し経ったときだったと思う。
志波くんの声が、静かに沈黙を破った。
「なあ」
「…ん?」
「もしかして、歩くの遅かったの…それのせいか?」
志波くんは視線を私のつま先に送る。
「う、うん…ごめんなさい…」
「そうか。…もっと早く言え」
「ごめんなさい…」
…やっぱりそうだよね。
遅い歩調に合わせて、会話もつまらなくて。
気を利かせて飲み物買いに行ってくれたのに、帰ってみたらデートの相手は靴擦れと奮闘してるし。
そして、足に絆創膏まで貼らせられて。
もっと早く言ってれば、志波くんだってこんなにつまらない時間を長々過ごすこともなかった。
ちょっとでも長くいたいなんて、なんてわがままなことを思っていたんだろう。
「迷惑かけてごめんね、今日はありがとう…その、帰ろうか…?」
これ以上付き合わせるのは余りにも心苦しくて、私は立ち上がる。
せめて泣かないようにと見上げた空は、苦しいくらいに晴れ渡っている。
…お天気も、完璧だったのにな。
「缶、捨ててくるよ」
そう言って、彼の手の中から空っぽの缶を引き抜こうと手を伸ばす。
すると突然、志波くんは私の腕を軽く引いた。
「…いいから、座っとけ」
「え…あ、もう大丈夫だよ?」
「そんなわけないだろ、かなり痛そうだった。…それに」
「…?」
「せっかく来たんだ。そんなに急いで帰らなくてもいいだろ」
「え…」
「なんなら、芝生の上で昼寝でもするか?…今日は日差しが暖かい、だろ?」
志波くんの言葉に、驚きながら視線を返すと。
そこには、口の端をやんわりと上げて微笑む、志波くんがいた。
「…い、いいの?」
「何がだ?」
「だって…靴擦れで迷惑かけて、その上話も面白くないし…つまらなくない?」
「…その言葉、そのまま返す」
「え??」
「おまえの靴擦れにも気が回らなくて、その上気の利いた話もできない。…こそ、つまらなくないのか?」
「そ、そんなわけないよ…!」
「…だろ?オレも」
そこまで話すと、志波くんは突然立ち上がり、私の手にある缶をさっと抜き取ってしまう。
「あっ…いいよ!」
「…このくらいさせろ。オレの気が済まない」
そして、また走ってゴミ箱の見える売店の方へ走っていってしまった。
…つまらないわけないじゃない。
志波くんといられるだけで、嬉しくて、ドキドキして。
隣に座ってることが、たまらなく幸せなのに。
――退屈だったんじゃないかって、心配だった。
――迷惑な奴だって思われたんじゃないかかって、心配だった。
――つまらない奴だって思われたんじゃないかって、心配だった。
「よかったぁ…」
空を見上げてこみ上げるものを飲み下す。
しょっぱい、涙の味。
「嫌われてなくてよかったぁ…」
志波くんが戻ってくると、私たちはゆっくり芝生広場へ移動した。
そしてその場所で、志波くんはごろんと寝転がる。
私はその隣に、そっと座った。
「…秋の空、高いって本当だね」
「ああ」
「うろこ雲、きれい…」
さっきまでの緊張が、嘘みたいにほどけて。
気になっていた沈黙も、今では全然気にならない。
…むしろ、心地良い。
手元にある志波くんの顔を見る。
目をつぶって、口元からは微かな寝息さえ聞こえてくる。
「ありがとう、志波くん。すごく楽しいよ」
その声は、きっと聞こえていないだろうけど。
「ありがとう…」
私は心から、そう呟いた。
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