「……歩くの速いか?」
「う、ううん、大丈夫」
「……? 速かったら言えよ」

違うの、志波くん。
さっきから、志波くんは十分ゆっくり歩いてくれてるの。

そうじゃなくて……。






【背中ごしの気持ち・1】






好きな人とデートって、女の子にとって特別なことだと思う。

特に私は、どちらかというと内気で、男の子と話すのも得意じゃないから。
誘うために電話をかけるときから、手が震えて、ドキドキして。
頑張るって決めたんだからかけなくちゃ、でも、断られたらどうしよう……そんな心の葛藤を繰り返して、
最後のボタンを押しきったのは電話を手にしてから1時間後のこと。
もちろん、つながってからだって、舞い上がっちゃって。

「…用があってかけてきたんだろ?早くしろ」
「う、うん!あの…あのね、その…」
「?」
「その…」

なかなか本題に入れなかった。
そして、そんな私の態度に、受話器の向こうの志波くんの声がどんどん不機嫌になっていくような気がして。
焦って、でも断られるんじゃないかって、怖くてうまく話せなくて。
結局、何をどうやって話したかなんて覚えていないけど。

「ヒマだし、付き合う」

その言葉が嬉しくて、電話を切った後に思わず泣いちゃったことだけは覚えてる。
そのくらい、私にとっては嬉しくて、特別な…今日のデート。



支度だって、いつもよりもずっと張り切った。
女の子らしく、スカートとかカワイイ格好で行った方がいいのかな?
でも、森林公園でお散歩デートだし、あんまり気合いの入りすぎた格好も場違いだよね。
悩んで、悩んで。
結局着てきたのは、この前買ったばかりのターコイズのジーンズと、ボーダーのセーター。
いつもはもうちょっと大人しめの格好をしてるんだけど、
「しばやんみたいなタイプは、きっと活発そうな格好がええと思うで!」
はるひちゃんがそう言うから、初めてのお店でこの服を買ってきた。
靴なんて、昨日になって合うものがないってことに気が付いて、放課後密さんに付き合ってもらって慌てて買いに行っちゃった。

「…いいと思う」

待ち合わせの場所に現れた志波くんの言葉が嬉しかった。
それは、似合うとか、かわいいとか、そういう直接的なほめかたじゃなかったけど。
いつも無愛想な志波くんの口の端が、やんわりと上がったのを見て、私はまた泣きたくなるほど嬉しかった。



でも。
張り切って昨日買いに行った新しい靴が今、私をピンチに追い込んでいる。
「…大丈夫か?」
「え?あ、ごめん!歩くの遅いよね、ちょっと景色に見とれちゃって…」
「…いや…いいんだけど…」
心配そうに振り返ってくれる志波くんの背中に、少し小走りで駆け寄る。
そしてその瞬間、ちりりと走る、左足の小指の痛み。
…ごめんなさい、景色に見とれてた、なんて嘘です。

…靴擦れが痛くて、思うように歩けないんです……。

自分から行きたいって言いだしておいて、靴擦れしました、なんて言いにくいし。
じゃあ帰るか?なんて言われちゃうかもって考えると、どうしても言い出せない。
痛いけど、今日一日くらい…。
そう思って、さっきから私は必死に志波くんの背中を追っている。



「少し休むか?ベンチあるぞ」
余りにも歩みの遅い私が疲れているんじゃないかと、気遣ってくれたんだろう。
志波くんはそう言って、ベンチに向かって歩き出す。
「あ、うん…ありがとう」
そして私も後について、ベンチに向かう。

座ると、だんだんと足の痛みが少し和らいでいく感じがして、ほっとした。
でも。

「……」
「………」

今度は会話が弾まない。
志波くんがあんまりおしゃべりする人じゃないって言うことは分かってたけど。
私もどちらかというと聞き役で、女の子同士でも話題を提供できる方じゃない。
静かな空気に、私はだんだん不安になってきた。
運動の好きな志波くんは、もっと動ける場所の方が楽しかったんじゃないかな?
それに、もっと話の面白い子の方が、居心地良かったんじゃないかな…?
おそるおそる隣の志波くんの表情を伺ってみる。
すると、私の視線に気が付いたのだろう。
志波くんも私を振り返って…目があった。
「…なんだ?」
とりあえず何か話さなきゃと思って、私は懸命に口を開く。

「あっ、あのね、その…きょ、今日、風は寒いけど、日差しが暖かいね」
「あぁ、そうだな」
「私の席、ま、窓側なの…だから、こういう日って、ついつい授業中眠くなっちゃうの」
「あぁ、分かる、それ…」
「だ、だよね、眠くなっちゃうよね」
「あぁ…」

「「……」」

…どうしよう、続かない。
でも、やっとの思いでデートに誘ったのに、つまらない子だって思われたくなくて、私は必死で話題を探して口にする。

「…えと、寒くない?」
「…今、日差しが暖かいって、おまえ言わなかったか?」
「あ、そっか…」
「……ああ、寒くない…」
「…こ、これから寒くなるね」
「そうだな」
「…雪とか、そろそろかな」
「…いや、まだもう少し先だろ?」
「そ、そか…まだ早いよね…」
「ああ」

志波くんは、笑うでもなく、盛り上がるでもなく、ただ静かに相づちを打つ。
そして、私の少ない話題も底を突いて。

「……」
「………」

また、空気が静まりかえる。
音と言えば、時折吹くそよぐような風が落ち葉を洗う音くらい。
「ごめんね、ありがとう…もう大丈夫だから…その、歩こうか?」
沈黙に耐えかねて、私は立ち上がる。
すると志波くんは、ああ、とまた相づちを返し、静かに立ち上がった。



再び歩き始めて少しもたたないうちに、私の足はびりっと痛み始める。
並んで歩いていたはずが、気が付くとまた私はどんどん遅れていって。
「……」
たまにちらりと振り返る志波くんの視線に、私は慌てて歩調を早める。
離れては、小走りで走り寄って。
近づいたと思ったら、また離れて。
そしてちょうど、公園の端まで来たときだった。

、オレ飲み物買ってくるけど…飲むか?」
「あ、私も行くよ」
「いや、待ってろ。なにがいい」
「でも…」
「…いいから」

じゃあ、お茶お願いします…。
なんだか申し訳なくて小さくそう呟くと、志波くんは、
「待ってろ」
そう言って、走って行ってしまった。
その表情は、少しだけ不機嫌そうにも見えた。



どんどん小さくなる背中を見送って、私はこっそりため息をつく。

靴擦れでうまく歩けないし。
気の利いた会話もできないし。
やっぱりこんなんじゃつまらないよね、志波くん…。

あんなに頑張って誘って、少しでもよく思われたくて張り切って服まで選んできたのに…全部、逆効果じゃない。
なんだかすごく惨めで情けなくて、私はうつむく。
かわいいと思って買った、視線の先にある華奢な感じのヒールが、なんだが憎たらしい。
『いっぱい歩くんだから、履き慣れたので行きなさいよ』
小さい頃、遠足の前の日に、母親に言われた言葉を思い出す。
私、バカみたい、幼稚園児でもないのに…。

…せめて、絆創膏でも貼れば少しは違うかな。

鞄の中にそれがあるのを思い出して、急いで靴を脱ぐ。
おそるおそる見てみると、案の定、左足の小指は皮がむけて、血がにじんでいた。
屈んで、見るだけで痛いそこに絆創膏をあてがう。
でも、姿勢が不自然なのと、絆創膏のサイズが足の小指には大きいので、うまく巻き付いてくれない。
「…もうっ、おさまってよ〜…」
早くしないと志波くんが帰ってきちゃう。
慌てると更に手が思うように動かなくなって、絆創膏はぐちゃっと丸まってしまった。
「あっ!もー…」
もう一枚あったはず。
そう思って、脇に置いた鞄に手を伸ばしたときだった。

「…?」

低めの声に顔を上げると、そこには、両手に缶の飲み物を持って、眉間にしわを寄せた、



志波くんが立っていた。





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