力になりたいと思う。
少しでも、オレのできる限りで。
知りたいと思う。
辛いこと、楽しいこと……どんな些細なことでも。
おまえが、好きだから。
【彼女の憂鬱・2】
放課後の校舎裏。
がバイトの日以外は、ここでバレーボールの練習をすることが、オレたちの日課になっていた。
は上手くなったと思う。
レシーブは正面で受けられるようになった。
トスは、とりあえず突き指せずに上の方向へ上げられるようになった。
…でも。
「……それじゃ、行くね」
「ああ、よく見て。ゆっくりでいいから、狙って打てよ」
そう言って、がアンダーサーブの構えから打ったボールは、あらぬ方向へ飛んでいく。
そう、もう練習を始めて2週間近くが経つのに、なぜかサーブだけは全然上達しなかった。
入らないだけじゃない。
ボールの飛ぶ方向すら、ちっとも前を向こうとしなかった。
校舎の非常階段に入ってしまったボールを取りに、塀を飛び越える。
そこに転がるボールを持ち、のところへ戻ろうと顔を向ける。
だけど、もボールを追ってきたんだろう。
気づけば、オレの背後にいた。
「ご、ごめん、志波くん」
少し黒ずんだボールに目を落とし、彼女は消え入りそうな声で呟いた。
「いや、気にするな。少し休むか、疲れただろ」
「大丈夫だよ! 続けよ?」
そう言う彼女は、さっきからしきりに右の手首をさすっている。
このまま続けても、効率が悪いのは明らかだ。
「オレが疲れた。ちょっと休ませてくれないか?」
不安そうにじっとボールを見つめているの頭に、軽く手を置いてそう告げる。
ごめんね、と顔を上げたに微笑むと、彼女は力なく微笑みを返した。
非常階段に並んで座る。
はまだ、ボールをじっと見つめながら、左手で右手首をさすっていた。
「痛いか?」
「え?」
「手首」
「あ、ううん! 大丈夫、痛くないよ」
たぶん、無意識の行動だったんだろう。
はとっさに笑顔を作って、左手を右手首から離す。
「嘘はつくな。ボールが当たってるんだから、痛くないはずはないんだ。見せろ」
「だ、だいじょう……」
「いいから」
半ば強引に彼女の彼女の右肘を掴んで、手首を目の前に引き寄せる。
そして、長袖のジャージの袖をそっと押し上げる。
予想以上だった。
内出血した腕で練習を重ねたせいだろう、
赤黒く変色したそこは、腫れ上がって熱を持っていた。
「……酷いな、冷やすぞ。待ってろ、湿布もらってくる」
オレは、保健室へ走ろうと立ち上がる。
すると彼女は、慌ててオレを制止した。
「あの、大丈夫! 湿布、持ってるから」
「……あ?」
「持ち歩いてるの。練習の後、いつも貼ってたから……」
「バカ、ならもっと早く言え」
「うん、ごめん」
「いつも、無理しすぎなんだ、は」
「ごめんね……」
それを聞いて、オレはの隣に座りなおす。
でも彼女はそれっきり、動こうとしない。
疑問に思い、オレはうつむくの顔を覗き込んで口を開く。
「貼らないのか?」
「え? あ、だって、まだ練習……」
その答えを聞いて、驚くよりも呆れた。
なんだって、バレーのサーブなんかにこんなに意地になってんだ。
「バカか、おまえ。できるわけないだろ。今日はもう終わりだ」
「そんな、大丈夫だよ!」
「ダメだ。終わるぞ。……もちろん、明日もダメだからな」
「だいじょ……」
「ダメだ」
練習云々じゃない。
この腕じゃ、日常生活だって不便だろう。
語調を強めたオレに諦めたのだろうか、はそれ以上、なにも言わなかった。
の手首に湿布を貼ったあとも、オレたちは非常階段に座っていた。
いつもならが、静かにゆっくり、だけど何かしら話すのに、今日は黙っている。
聞こえてくるのは、遠くから聞こえる部活の声と、たまに通る冬の風音。
オレたちの周りは静かだった。
「……おまえ、上手くなったと思う」
言葉を紡ぐと、白く煙が立ち上る。
その白をたどっていくと、夕焼けに染まった空が見えた。
「頑張ってると思う。だから、できねえのはのせいじゃない。少し休め」
返事の変わりに聞こえたのは、ずっとくぐもった鼻をすする音。
驚いて視線を落とすと、は泣きじゃくっていた。
「おい、……?」
「……悔しいの」
小さく紡がれた言葉は、オレの頭に大きく響く。
「悔しい……」
強く、切なく、響く。
それからずっと、考えていた。
なんで、がそこまで意地になるのか。
どうしてあんなに腕を腫らしても、やめようとしないのか。
でも、分かるはずなんてなくて。
もどかしかった。
分かりたいと思うのに、告げてくれないが。
知りたいと思うのに、うまく言葉にできない、オレが。
でも、意外なタイミングで、オレはその原因を知ることになる。
それは、が泣いたあの日の、翌々日の体育の時間。
球技大会の予行練習、チーム別対抗戦が始まったときだった。
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