カッコエエから。
ツレが吸っとるから。
先輩に勧められたから。
手元にあったから。

タバコを吸い始める理由なんて、人それぞれやけど。
あのコから、指摘されて気がついた。
『姫条さんは、死にたがり、ですか?』
オレがタバコを吸い始めた理由。



それは、自分を粗末にしたかったから、やと思う。






【それは愚かな惰性】





タバコの煙を吐き出すと、あのコが眉をしかめたのが分かった。
いつもは、こんな風に煙にまみれることはないんやろか。
初々しい表情に、少し苛立ちを感じたけど。
不思議と不快ではなかった。
ただ少し、遊んでみたくなるくらいで。

「なあ、ジブン、オレんこと好きやろ」

オレは、まだ長いタバコを、手元にある吸殻でいっぱいになった灰皿に押し付けて、もう一度そう問いかけた。
一歩二歩としかめ面に近づくと、あのコが怯えたのを空気で感じる。
ますますいじめたくなって、オレは彼女の耳の上に指を差し入れる。

「どや」
「……」
「好きやんなぁ?」

オレの言葉には、すっかり抜けなくなってしまったタバコの匂いがついとるから。
こんな風に耳元でしゃべったら、さぞ苦いやろうなと思った。
その匂いのせいか、彼女はやっぱり眉を寄せていたけど。
身じろぎはしない。オレの手を避けることもしない。
ただ、震えながら、立ち尽くす。

お子様相手やから。
手加減はせんとな、と、オレは手を引き抜きかけた。
すると彼女がオレの手をぐっと押さえる。
そして、震える唇を開く。

「……好きですよ」
「え?」
「姫条さんのこと、好きです」






タバコを覚えたのは、大阪におったころ。
お袋が死んで、親父と二人になったとき。
お袋がいなくなっても、広い家はお手伝いさんの手によって、相変わらず綺麗やったけど。
家庭は荒れた。
オレは、お袋を一人にしていた仕事人間の親父を憎んだし。
親父は親父で、やんちゃでお袋に苦労ばかりかけていたオレを憎んでいるようだった。

誰に勧められたわけでもなかった。
ただ、オレには居場所なんてなかったし、存在する理由もなかったから。
タバコを吸った。
身体を壊そうが、アホになろうが、寿命が縮もうがかまわなかった。
まだ幼かったオレの身体は。
簡単にタバコに毒された。

その後、一度だけタバコをやめた時期がある。
あれは、桜の季節。
全てが淡い色で作られる季節に、オレには大好きな子ができた。
誰よりも、何よりも大切で愛おしくて。
そして、どうしても手に入れたい子。

ええとこのお嬢さんやった。
勉強も、運動もできて。
立ち振る舞いも綺麗。
もちろん、身も心も綺麗。
彼女とオレは、なにもかもが違う。
まるで、飲んできた水が違うみたいに。
彼女に釣り合う人間になりたくて、タバコをやめた。

『好きや』

高校を、卒業する日。
オレは彼女に想いを告げた。

『…ごめんなさい』
『待っとるから。何年でも、何十年でも。オレんこと、好きになってくれるまで』
『…ごめん、姫条くん』
『振り向かせる。毎日、好きやって。分かってもらえるまで、言いにくるから』

欲しかった。
なんとしてでも。タバコをやめてまでも。
どうしても彼女のそばにいたかったし、彼女をそばに置いておきたかった。

『ごめん、ごめんね…姫条くん…』
『なんで?』

『なんで、オレじゃダメなん…?』

聞きながら、本当は全部知っとった。
彼女の隣におるべき奴。
そう、彼女には、王子さんがおった。
オレなんかじゃない、釣り合う王子さんが。

『……本当にごめん、ごめんね?姫条くん…』
『…でも、好きや。好きなんや…』

叶わないと知っていても、諦めることなんてできなかった。
あれからずっと、今でも。
オレは誰のことも好きになれへん。
オレはまた、タバコを吸うようになった。



“姫条さんは、死にたがり、ですか?”



死にたい、と思ったことはないけれど。
大切なものがなくなったとき、オレは決まってタバコを始める。
それはきっと、自分を粗末にしてるということ。
今でもタバコを吸いつづけているのは、ただの愚かな惰性でしかないかもしれないけれど。
それでもかまわんかった。
今でも新たな大切なものは見つからへんし、だから、長く人生を生きることに、こだわりはない。





オレの前で、オレの手に触れながら。
震える彼女は、オレが好きやと繰り返す。
まるで、数年前のオレが、あの子にしたように。

「好きですよ」
「………」
「好きです」

オレは、ため息をついた。
目の前の若い甘さが、少し、羨ましかった。

「…アカンよ」
「え?」
「やめとき、オレは毒やから」

何がですか?
彼女はオレに問いかける。

「何が?…教えてほしいか?」

真っ直ぐな目して、小さくうなずく姿を見て。
少し、遊んでやろうかと思う。
こういうところが、毒、なんやけど?

「ほな、教えたる」

オレは、彼女から少しだけ身を離して。
ジャケットの内ポケットから、タバコを取り出す。
そして、オイルの香りを感じながら、ジッポでそれに火をつけると。
タバコのフィルターを通して、思い切り空気を取り込む。

「…?…姫条さ……んっ」

煙を、吐き出す前に。
目の前のこの子に、口移しで煙を入れた。
むせそうになった彼女の頭を、ぐっと手で捕まえて。
最後まで、注ぎ込んだ。
口を離すと、彼女の目から一筋、涙がこぼれる。

「これがオレの毒や」

まるで、オレがはじめてタバコを口にしたときのように、彼女はむせ返っていた。
あと数時間、下手すりゃ一日。
オレが移した毒は抜けないやろ。
まだタバコになれない頃に感じた頭痛を思い出して、少しかわいそうなことをしたかと思った。

「分かったなら、毒される前に出て行き」

そう言い放って、タバコをくわえて背を向けると、彼女の華奢な手が、思いがけない力でオレを捉えた。
そして、口からタバコを抜き取られる。

「…毒抜き」

は?
アホみたいな顔で、オレが彼女に向き直ると。
唇を、ふさがれる。
その甘い姿からは想像できないほど、深く、強く。

「何しとるん」
「毒抜き、です」



「姫条さんの毒は、きっと抜けます。抜いてみせます」



彼女は、オレから奪ったタバコを灰皿に押し付けて。
涙目のまま、オレに笑ってみせた。
その姿にオレは呆気に取られたけど。
次第に、笑いがこみ上げた。
なんて、たくましいお姫さんなんやろう?

「ほう。お手並み拝見、やな」

オレの、愚かな惰性をとめることが。
この甘くて若いお姫さんに、できるんやろか。
久しぶりに楽しめそうやな、と、オレは毒された吐息を、もう一度彼女に吹き込んだ。






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お題お借りしました。「リライト」