全てには理由があった。
その理由は、あまりにも単純で明確だから。
これさえあれば、大抵のことは許されると思っていた。

思わず、衝動的に手を引くことも。
力任せに、抱き寄せることも。
そして、人目も気にせずキスをするのも。



好きだから、なんて。



俺は、どうしてこんな勘違いをしていたんだろう。
そして、その勘違いに気づけたのは。
どうして、こんなに時間が経ってからなんだろう。






【10 どこでキスをしようか(1)】






恋は盲目。

本気になれば、周りなんか気にしてられねえし。
噂も関係ない。
むしろ、見せ付けてやりたいくらいなわけで。
だから俺は、たとえそれがカメラの前でも、かまわず明里に触れた。

「ちょっ…と、要さん!」

ささやかな力で抵抗する明里を。
真っ赤な顔で、照れたような声を上げる明里を。
ずっとかわいいと思っていた。
その反応は、初々しくて新鮮で、だから俺はすごく嬉しくて。

「いいじゃん」
「カメラ!それに、他に人…!」
「見せ付けてやろうぜ?」

好きなんだから、当たり前だと思っていた。
触れたくなるのも、抱きしめたくなるのも、キスしたくなるのも、全部。
当然のことで、好きだということは十分な理由になっていると思っていた。



でも、その考えが揺らぐ出来事が起こった。
今から、ほんの数十分前。撮影中の、うるさいゴージャスの中で。
俺は明里に、キス、を。しようと思った。
だって、明里があまりにもかわいいから。でも。

「い、やです…!本当にやめて下さい!」

空気が裂けるような高さの音で、明里はそう叫んだ。
そして、俺の頭をかすかによぎった疑問。

もしかして、本当に嫌だったのか…?

驚いて、身体を少し引いて明里を見ると。
明里は困ったような目で俺をにらんでいた。

「明里…?」

いつもと違う空気に、俺は慌てて彼女の名前を呼ぶと。
明里はすぐに目をそらして席を立って、ゴージャスを出て行ってしまった。





そして今、俺は隣が空っぽになったBOX席で。
まだ中身の残った明里のグラスをぼーっと見ながら、明里のことを考えている。

出て行く明里を、俺はもちろん追いかけたけれど。
タクシーに乗ってしまったらしく捕まえることはできなかった。
携帯に電話をしたけど、繋がらなくて。
電源を切ったらしかった。
メールも何度も送ったけれど、返信はこなかったから。

文字のとおり、俺は頭を抱えている。

数十分前に抱いた疑問は、確信に変わりつつある。
冗談で、明里がこんなことをするとは考えられない。
事態はあまりにも深刻なんだ。

思えばずっと、明里は嫌がったそぶりを見せていた。
俺はそれすら楽しくて。
ふざけあってるつもりだった。
好きだから。
その理由で、楽しみに変わることだと思っていた。





小さい頃、犬を飼っていた。
俺はそいつが大好きで。
かわいくてかわいくてたまらなかったから、ずっと抱きしめて離さなかった。
やがて、その犬の毛が抜け始めた。
…ストレスだった。

こんなこともあった。
小学校のとき、ちょっとかわいいなと思っていた隣の席の子がくれた、どっかのお土産のサボテン。
「かわいがってね?」そう言われたから、毎日水をやった。
すると、次第に元気がなくなって。
慌てた俺は、肥料をやった。
1ヶ月も経たないうちに、サボテンは死んだ。
サボテンは、かまいすぎちゃいけないってこと、知ったのはずっと後になってからだった。

愛情は、ストレートにぶつければいいと思っていた。
伝えるにはそうするのが一番だと思ったし、なにより俺のセーブが効かなかった。

(もしかして、明里も…?)

がやがやとうるさいゴージャスの音を遠くに聞きながら、俺は自分の思考に閉じこもる。
明里も昔飼ってた犬みたいに、ストレスが…?
だとすると、サボテンみたいに、この恋は腐っちまうってこと…?
かまいすぎちゃ、いけなかったってことか…?

数々の、自分のしたことを振り返って。
明里の反応を、思い出して。



なんで、気づけなかったんだろう?



遅すぎる疑問に、俺は顔が青くなるのを感じた。





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※よそ様ですでに出ていそうなネタですが、炎樹はサボテンを枯らす人だと思います。
 もちろん、ほっときすぎるのではなく、水をやりすぎて。
 半端ですみません、続きます。