「だから、最初からやめておきなさいって言ったのよ」

なぜか、私は今、ファーストフードで絢子さんと二人。
ハンバーガーを片手に、向かい合って座っている。

「相手は芸能人よ?!顔良し、スタイル良し、おまけに派手な生活してるのよ?!」

目の前の絢子さんは、さっきから興奮気味に。
左手でポテトをつまんで、それをぶんぶん振り回して私に熱弁を奮っていて。
私は、話半分で、その激しく動き回るポテトを目で追っている。

「あなたには無理。手に負えないわ」

なんだか、どことなく嬉しそうに、そんなことを言う絢子さんを見て。
相談する人、間違えたかなぁなんて、頭の隅っこで考えていた。

「別れちゃいなさいよ」

…本当に、相談する人、間違った、わよね。






【10 どこでキスをしようか(2)】






そもそも、なんでこんなことになったかというと。
それは、ほんの1時間前。
私はゴージャスの店内(しかも撮影中)で、要さんにキスされそうになって。
いつもみたいに、ちょっと怒って。
でも、要さんがあんまりしつこくするから、次には本気で怒って。
まるで地団駄を踏むような足取りで店を出て、街を歩いていた。
そしたら、絢子さんに会った。

『あら、明里さんじゃないの。何してらっしゃるの?』

彼女は、私の血の上った顔を見て、どうやら状況を把握したようで。
『炎樹とケンカしたのね?!』と、それはそれは嬉しそうに、私の顔を覗き込んだ。
私は曖昧にごまかしながら、挨拶したんだけど。

『お話聞いて差し上げるわ。近くのお店に入りましょう』
『ちょ、ちょっと絢子さん!』
『安心なさって。ちゃんと、あなたが話しやすい雰囲気のお店を選んで差し上げるわ』

彼女はそう言って、私の腕を掴んで。
ずんずんと歩いていってしまった。



…そして、今に至るわけなんだけど。



「だいたい、最初から分かっていたことでしょう?」

絢子さんは、サラダバーガーをかじりながら話し続けている。
(ゴージャスの帰り、薫と私がハンバーガーを食べてるの見て、
『こんなもの、よく食べる気になれるわね』って言ってたのは、どこの誰だっけ?)

「明里さん、ご自分の顔、鏡で見て御覧なさい」
「え?私?」
「そうよ。そりゃ、炎樹くらい華があれば、人前でキスしても絵になるでしょうけど」
「ちょっ、絢子さん声大きい…!」

慌てて腰を浮かす私をよそに。
彼女はなおもバーガーをほおばりながら、淡々と話を続ける。

「あなたみたいな、平々凡々な子、」
(そりゃ、そのとおりだけど)
「相手は芸能人よ?抱かれたい男、NO.1よ!」
(…そういえば、そうだったわよね)
「釣り合うわけないじゃないの」



「あなたと炎樹の恋愛なんて、成り立たないわ」



最初は、私だってそう思っていた。
釣り合わない。成り立つはずなんてない。
でも、釣り合ってるかどうかは別として。
恋愛として成り立ってると、最近になって思うようになっていた。

だって、毎日、毎日毎日。
要さんはメールも電話もマメで、私をすごく大事にしてくれてることは実感できるし。
それに、本当にちょっとでも、私たちは時間があれば会っていた。
想われている。愛されている。
だから、私たちはちゃんと恋愛しているという自信はある。

ただ、そうなってくると、湧き上がってくる新たな問題。
恋愛の仕方が。
なんだか私たちは少し、ずれている気がする。



「ちょっと、明里さん?聞いてらっしゃるの?!」

ぼーっとしている私に、絢子さんは私の目の前に食べかけのバーガーを突き出した。
「き、聞いてます」と私が答えると、ため息混じりにバーガーにかじりついて。
そして、ジンジャエールをぐっと一口。

「全く…あなたみたいなぼんやりした子と付き合うには、私くらい融通がきかないとだめなのよ」
「そ、そう?(私くらい…?)」
「そうよ。だって明里さん、彼といるとき、無理してらっしゃるでしょう?」
「…無理?」
「そう、無理よ。合わせてらっしゃるでしょう?」

絢子のさんの言葉に、私は頭を捻った。
私がぼんやりだとか、絢子さんが融通がきくとか、その辺はまあ置いておいて。
確かに、言われてみれば、原因はそこなのだ。
要さんは、いつも自分のペースに、私を巻き込む。
人前だろうが、カメラが回っていようが。
私を抱きしめる。キスをする。好きだとか、愛してるとか、さらっと言っちゃう。

「うーん…確かにそうかも知れないわ…」
「でしょう?」

抱きしめられることが、嫌なわけではなかった。
キスされるのも、愛してると、好きだと言われるのも。
嫌じゃない、むしろ、普通に考えたらすごく幸せなことなのに。
嫌だ、と思ってしまう。
それは、周りの状況なんかお構いなしに、要さんが要さんのペースでことを運ぶからであって。
私が自分のペースを、大きく乱されてることが原因なのだ。

「…なんだか、結局のところ、引け目を感じちゃうんです…」
「引け目?」
「私なんかが、要さんと、って。だから、いつもなんとなく、強く言えなくて、我慢しちゃって…」
「それなら、別れちゃいなさいよ」

絢子さんは、バーガーの最後の一口を、つまんで口に入れて。
さらりとそう、言い放った。
私も最後の一口を食べ終えて、包み紙を折りたたむ。
飲み物を口にすると、氷が溶けて薄くなったウーロン茶がひんやりとのどを通っていった。

「いや、そこまでは…」
「合わせてても、辛いだけよ」
「そうだけど…でも…」

やっぱり、私たちは恋愛をしている、と思う。
それは、要さんが私を好きということであって。
もちろん、私が、要さんを好き、ということ。

「…仕方のない人ね」
「え?」
「行きましょう、炎樹のところに」

ごくり、と飲み込んだはずのウーロン茶が、わずかに気管に入った。
ごほごほとむせながら、絢子さんをまじまじと見直す。

「あ、絢子さん?」
「考えてみれば、あなたが合わせてばかりいることはないのよ」
「は、はい?」
「平々凡々な子と、付き合おうっていうんだもの。炎樹も私くらい、気をまわす必要があるわ」

そう言うと、絢子さんは紙ナプキンで、上品に口を拭いて。
そして、手馴れた様子でトレイを持ち上げて立ち上がった。
私も慌てて、携帯を鞄に入れて立ち上がる。

「ちょ、ちょっと、絢子さん?どこに…」
「ゴージャスに決まってるでしょう?だって、あなた、」

がこがこと、少し荒い音を立てて。
絢子さんはトレイを片付ける。
そして、おろおろと脇に立っている、私の手からもトレイを取り上げて。
同じように片付けると、軽くパンパンと手をたたいて、私を振り返った。

「炎樹のこと、好きなんでしょう?だったら、すぐ行動よ」
「え、でも…」
「恋はナマモノなんだから。つまらない意地を張ってると、腐らせてしまうわよ」

彼女の言葉に、私は少し驚いてから。
そして、うなずいた。
偶然絢子さんに会ってしまったことを、ちょっとだけ良かったな、と思った。



「もし、振られても。安心していいのよ、仕方がないから、私が気を回して差し上げるわ」



…本当に、ちょっと、だけど。



私たちは、ファーストフードのお店を出て。
来た道を戻っていった。





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※ただ単に、ツンデレ絢子が書きたかっただけです。ごめんなさい…。
 絢ちゃんは極端な人ですが、人として大切な部分は少しも欠けてない人のような気がして大好きです。
 このお話で、絢ちゃんがちょっと嬉しそうなのは、(大好きな)明里ちゃんの恋愛相談に乗ってるからです。
 (…と、説明をつけないと分からない複線ですみません…)
 アンケートで「明里を大好きな絢子」の話題を出してくださった方がいらっしゃったのですが、この話を書くにあたり参考にさせていただいてます。ありがとうございます!
 次で完結です。