罪悪感とは少し違うけれど。
確実に俺たちは、何かによって隔てられていて。

いつだってそれを打ち破る何か、
――きっかけだったり、手段だったり―
…を。探して、悩んで。

でも、それ以上に。
この俺たちを隔てる何か、は。



打ち破っていいものなのかどうか。



…迷っている。







【08 飛び越える(前編)】







週末の街中。
今日は連休の中日ということもあり、いつも以上に人がごった返していた。
隣には、明里がいる。
少しうつむいてゆっくりと歩く、俺の恋人が…いる。

ついこの間までなら、信じられなかったことだ。
もう二度と、並んで歩くことなんてないと思っていたのに。
夢だと思っていたことが、こんなにも早く。
突然に、叶ってしまうなんて。

「樫宮くん?」

明里に名前を呼ばれ、俺ははっと視線を落とす。
そこには、少しだけ眉を寄せて俺の顔を覗き込む彼女の顔があった。

「あ、ああ、何だ?」
「なんか、思いつめた表情してたから」
「そうか?まあ、陽気のせいでぼっとしてたかもな」
「そうだね、あったかくなってきたもんね」

明里は、ほんのり笑った。
俺はその笑顔が、心から愛おしくて。
でも、その反面。
苦しくて、少しだけ顔を背けた。





この、すっきりしない感情が。
陽気のせいなら、どれだけよかっただろう。
俺には、もう一生、なくならない“しこり”がある。
幼馴染を事故に遭わせてしまった、という“しこり”。

確かに、遥香は目を覚まして、大きな後遺症もなく。
リハビリを重ねれば、前と同じように生活できるようになると、医者は言っていた。
人並みの運動もできるし、言語や記憶にも障害はないという。

それに、遥香は俺を許してくれた。
事故を起こしてしまった俺を。
自分のことをこんなことにしてしまった俺を。
そして。
他の人―明里―を、愛してしまった俺を。



遥香は言った。
時間が流れれば、人の気持ちが変わるのも仕方がないことだと。
変わった気持ちに、後ろめたさを感じる必要はないんだと。

でも、そうだとしたら。

遥香に流れるはずだった時間は…?
遥香が何かを感じて、気持ちを動かすはずだった時間は…?



奪ったのは、俺だ。



いくら彼女が許してくれても。
俺は自分を許すことはできない。
一生。
許すつもりはない。





よく、思う。
こんなことに悩みながらも、明里の隣にいるのはなぜなんだろう。
どうして、明里とやり直そうなんて思ったのだろう。
俺には、ここにいる資格なんかないのに。
幸せになる権利なんて、あるはずないのに。

「本当に、あったかいねー」
「…そうだな」

人であふれた街中を、歩く。
一人で歩くよりも、ゆっくりと。
たまに、言葉を交わしながら。

5年前も、よく明里と二人で街を歩いた。
あの頃となんら、変わってないように感じる。
明里の口調や、彼女ののんびりとした動作。



だが、時間は確実に、何かを変えていく。



この5年で、遥香は目覚めて。
俺はホストを辞めて、企業に就職した。
明里の髪はだいぶ長くなって。
俺たちは5つ、年をとった。

「明里」
「うん?」
「…いや、なんでもない」

5年前に比べて、俺は、言いあぐねることが増えて。
明里は俺の顔を心配そうに覗き込むことが多くなった。
そして、並んで歩くとき、俺と明里の間の距離が。





数十センチ、広がった。





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