明里と付き合うようになってから。
思っていたより、自分が不器用な人間だったこと。
自己中心的なこと。
わがままなこと。
独占欲が強いこと。
そんな自分に、気づくようになった。
【12 繋ぎとめて(2)】
だんだん騒がしくなってきた居酒屋の一室。
俺はシーフードサラダをつつきながら、無意識にため息を吐いた。
俺の席から対角線を引いた位置が気になってたまらない。
…その席にいるのは、明里。
さっきから目が合う度に、明里はすごい勢いで顔を背ける。
おそらく、相当怒ってる。
ぼやっとしてるように見えて、意外に頑固な彼女。
さっきからの一貫した態度に、俺はどうしたものかと頭をひねる。
そして厄介なことに。
明里の隣には、高校の時に明里を好きだと言っていた奴が座っている。
それだけで俺は、気が気じゃない。
どうやって明里の席近くまで移動するか、そればかりを考えていた。
「委員長、どうした?さっきから眉間の所にしわ寄せて」
ふと、隣の方から声がして、俺はサラダから顔を上げる。
「あ、ああ…そうだったか?悪い」
言われて、自分が相当不機嫌な顔をしていたことに気が付く。
「久しぶりなんだしよ、もっと盛り上がっていこうぜ!!ほれ、ビール」
「ああ、ありがとう」
注がれたそれを半分ほど飲み干し、俺は息をつく。
そのとき、正面から小さな笑い声が聞こえた。
「ねえねえ、樫宮くん」
「ん?」
目の前の声に顔を向けると、そこには女性が1人。
名前は…確か中州川。
クラスでも明るく中心的な存在で、明里とは対照的なタイプだったとなんとなく思い出す。
「さっきからため息なんかついちゃってさ、お仕事大変なの?それとも退屈?」
派手な服に、派手な化粧。
これだけの距離があってもきつく匂う香水。
少し媚びた口調にも嫌気が差して、俺はさりげなく顔をずらして答える。
「あぁ、まあ…最近ちょっと忙しいな…」
「へぇ、なにやってるの?」
…ごくごく自然に。
中州川は切り出したつもりなんだろう。
だけど、俺のスペックを聞き出そうとしているのがなんとなく読み取れる。
ホスト経験のおかげだろうな。
自慢にもならないが、俺は相当会話に鼻がきく。
「大した仕事じゃない」
口の端をわずかに上げて、俺は作った笑顔でそう返す
「またぁ、そんなことないでしょ?風の噂でなんとなくは聞いてるんだから」
まいったな。
こっちはこっちで厄介なことになりそうだ、と、俺は眼鏡を少し上げた。
中州川の質問をかわし続けて20分。
思った以上のしつこさに、苛立ちが募る。
今日、家を出るとき。
俺は明里に素直に謝ろうと思っていたんだ。
でも、席はこんなに遠くて、おまけにこんな女に捕まって。
(運に見放されたときは、とことん悪い方向へ向かうんだな…)
笑顔をつくる気も失せて、俺は無表情のまま、ひたすら彼女の話に相づちを打つ。
もちろん、時折明里に視線を向けながら。
「でね、最近仕事が面白くてたまらないのよ」
「…あぁ…(明里、アイツと話してるな…)」
「最初は荷が重いって思ったんだけどね、なんて言うのかな」
「うん。(…巨峰サワー?あのバカ、酒弱いくせに)」
「任されて初めて認められた感じがしたっていうか」
「そうか…(それにしても、あの男…寄りすぎじゃないか?)」
「最近では下にも何人かいてさ、そのセクションはあたしが受け持ってるの」
「……ん…(…おい、ピッチ上げすぎだろ)」
「指導とかめんどくさいけど、慕われてる以上、やらざるを得ないっていうか…」
「………(…口説かれてるのか?)」
「……聞いてる?樫宮くん」
「……(断れ)」
「樫宮くん?」
「……(…なっ…!あいつ明里の手を…!)」
「ちょっと、樫宮くん!!」
明里が男に手を握られて堪えきれなくなった俺が立ち上がったのと、中州川の怒鳴り声は同時だった。
一斉に部屋の中の全員がこちらを向く。
「な、なんだよ?どうしたどうした?」
「痴話げんかか?なに、中州川と樫宮ってそういう関係?」
静まりかえった空気を、そんな声が壊していく。
そして明里はといえば、また。
ものすごい勢いで俺から視線をそらした。
以前の俺なら、こんな状況でも、冷静に対処できただろう。
どんな場面でも適切に、相手を不快にさせないよううまく立ち回れた自信がある。
でも、今はそんなことにかまっていられない。
明里が他の男と話すだけで。
明里に他の男が触れるだけで。
明里と些細なケンカをしているだけで。
…冷静じゃいられない。
いつもの俺じゃいられないんだ。
「中州川さん…失礼」
ざわつく部屋の中、俺は席の合間を縫って明里の元へ向かう。
みんなの視線が、不思議そうに俺に集まる。
そしてたどり着く。
1人だけ、俺に視線を向けていない、明里の目の前に。
「…明里」
俺が彼女の名前を呼ぶと、周りが余計に少しざわつく。
明里の隣でおそらく番号を聞こうと携帯を開いている男も、口を開いたまま俺を見た。
この男は、あの頃から明里を好きだった奴。確か名前は…
「吉野原。悪い、明里借りていいか?」
「あ…え、いいけど…か、帰っちゃうのか?」
「…どうだろう、明里次第だな」
そう言って俺は明里に視線を向ける。
それでもやっぱり、頑なに視線をそらしたままだ。
「明里、どうする?」
もどかしくて声をかけると。
明里はチラリと俺に目線を向けて、迷ったように口を開いた。
「……か、勝手よ、樫宮くん。今わたしは吉野原くんとお話…」
「そうか、分かった。じゃあ終わるまで待ってる」
言葉とは裏腹に、視線は半ば強引に。
無視するなよ、と訴えかける。
なぁ、明里。
確かに俺の昨日の態度は悪かった。
けれど、俺は。
俺が残業を増やしたのは…。
「…吉野原」
去り際、俺は吉野原を振り返る。
手に目をやると、先ほどのように開かれたままの携帯が目に入る。
「明里の携帯番号聞きたいときは俺に言ってくれよ?」
「え…?」
「明里に聞いても、多分覚えていないだろうからな」
そう言って、明里を見る。
彼女はやっぱり、という表情をし、力なく俺を睨み付けた。
これ以上ここにいる気になれなくて、俺は幹事に断りを入れ、部屋を出る。
分かっている。
分かっているんだ。
俺がイライラするのは違う。
イライラするのは明里だ。
俺が酷い態度を取ったんだ。
けれど。
お前が他の男に口説かれるのを、冷静に見ていられない。
お前に無視されて、平気な顔ではいられない。
かっこ悪く、他の男に予防線を張ったり。
ガキみたいに暴れてお前の気を引こうとしたり。
(情けないな…)
今日、こんな態度を取るくらいなら。
昨日のうちに、追いかけてでも、繋ぎとめればよかったんだ。
意地なんか張ってないで。
プライドなんか捨てて。
必死に走って、つかめば良かった。
「最低だな…」
そう、独り言を呟く。
その時だった。
「そうね、最低ね」
目の前に、華奢なミュールが見えて。
顔を上げると、明里の姿があった。
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