お願い、目を、さまして。
【祈り】
更紗の海は、今日も冷たい。
誰もいない砂浜。
1人っきりで、海を眺める。
初めてこの海に来た日から、もう1年以上がすぎた。
樫宮くんと来た、更紗の海。
その日の樫宮くんはウソのように優しくて、おまけに夕日が綺麗で。
まるで用意されたようなシチュエーション。
営業と言い切られたキスは、私のファーストキスだった。
わざわざ思い出して、切なくなること無いのに。
けれど、忘れることができない。
好きで。
どうしようもなく好きで。
忘れたいと思う反面、彼のことならどんな些細なことでも覚えていたいと願う自分がいる。
病室の、綺麗で穏やかな眠り顔。
内緒で見舞うようになってから、もう半年。
私がこんなことしても、なんの意味もないことは分かっている。
むしろ、迷惑かもしれないってことも。
けれど、彼を思うと祈らずにはいられない。
お願い、目を、さまして、と。
彼の望みを叶えて、と。
それができるのは、あなただけなのよ、と。
勝手だと言うことは分かっている。
ごめんなさい、本当に。
それでも。
どうしてもあなたには目を覚まして欲しいの。
「あら、えーと、鈴木さん、だったかしら? お見舞いにいらしたの? ありがとうね」
病室に入ってきた看護師さんに声をかけられる。
お礼を言われるようなことは、していない。
すべて、私の勝手なのだから。
「……近くまできたもので。なんだか今日は顔色がいいみたいですね」
「ええ、お友達が遊びにきたからじゃないかしら? 嬉しいんだわ、きっと。沢山話しかけてあげて下さいね」
”鈴木”になりすました私は、曖昧に笑った。
ねえ、樫宮くん。
この綺麗な寝顔が、いつか目覚めたら。
あなたは今度こそ本当に幸せになれるのかしら?
あなたが思い描いた未来に向かって、進むことができるのかしら?
私には、あなたを支えることすらできなかったけど。
いつでも、祈ってるわ。
あなたの、幸せを。
……どうか、目を覚ましますように。
大好きよ。
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