「祥行さん、遅いなぁ……」
さっきから繰り返し見ている時計に目をやる。
PM10:08。
時間は着実に過ぎていくのに、待っている人は帰ってこない。
「今日は早く帰れそうって言ってたのに」
私の声は、がらんとした広いリビングに響いて。
一人なんだなぁっていう寂しさが、どんどん増してきて、私は今日何度目かの深いため息をつく。
【色とりどりの世界・1】
今日は、大切な記念日。
―2年前の今日、祥行さんは光を取り戻した。
目が見えなかった日々は、本当に大変で。
家の中を歩く方法も、食事する方法も、全部変えなければいけなかった。
治療もすごく大変で。
祥行さんがためていたお金も、全部治療費や手術の費用になった。
私にできることは励ますことくらいだったから、ずっと明るく振る舞っていたけど。
なかなか思うようにいかない治療に、何度もくじけそうになった。
だからこそ、あの日は本当に嬉しくて。
ずっと会いたかった人に会えたような、そんな気分だった。
そして、祥行さんの世界が変わったんだなって…。
そう。
今日は、祥行さんの第2の誕生日のような日なのに。
最近彼はボクシングジムのトレーナーの仕事に一生懸命で、今日もまだ帰ってこない。
今度は、手元に置かれた携帯を開いてみる。
着信も、メールもなし。
「…連絡もない。祥行さん、忘れちゃったのかな…」
目の前にあるのは、祥行さんを驚かそうと頑張ったお料理。
彼が大好きなふかふかの中華まんも、すっかり冷めてしなびてきている。
「祥行さんの…バカ…」
もう、知らないんだから。
そう思って、私はテーブルに顔を伏せた。
玄関のチャイムが鳴ったのは、それから30分すぎた時だった。
インターホンで彼の姿を確認して、私は玄関に向かう。
玄関に並ぶ、大きさの違う2つのサンダルの、小さい方に足を入れる。
そしてもう一度、のぞき穴で祥行さんを確認する。
”玄関を開けるときは、必ず確認するように”
彼の言いつけが、しっかり習慣になってしまったことが悔しい。
なんだか、私ばかりが祥行さんを好きみたいで。
彼の色に染まっていく私に比べて、祥行さんは自分の色をどんどん濃くしているような気がする。
「…おかえりなさい」
扉を開け、祥行さんを迎え入れる。
私の声には、思いっきり不機嫌がにじみ出ていた。
「ただいまー。いやぁ、遅くなっちゃってごめんね?今日さ、ちょーっと色々あって」
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、祥行さんは悔しいくらいにご機嫌で。
私は、靴を脱ぐ彼から、いつものように洗濯物の入った袋を受け取る。
…?
瞬間、彼からふっとお酒の匂いがして。
嫌な予感が頭をかすめる。
「…祥行さん、お酒…」
私が口を開くと、祥行さんは苦笑いを浮かべる。
その表情だけで、彼が何を言おうとしているのか分かったけど。
「…ごめん、ご飯食っちゃったんだ。ジムでお祝い事があってさ」
その言葉を聞いて、私の中の何かが―
切れた。
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