駄々をこねる。
地団駄を踏む。泣く、わめく。
ガキのころ、何かが欲しくてたまらないとき、そんなことをした覚えがあるような、ないような。
でも、いつからだっただろう。
大人になるにつれて、手に入れられるものと、手に入れられないものの区別が付くようになった。
ないものねだりはしない。分別が付くから。
それはすごくそっけなくて夢のねえ話で、我ながら、つまらねえなとも思う。
でも、いつまで経っても大人にならないのは、やっぱり大迷惑なわけであって。
「炎樹、遊園地に行こう」
目の前の、さん、は。
もう大人ですよね?もう17歳になったんですよね?
遊園地って、え、まさか、今から?
マジ、ありえねえ。
こいつのわがまま、絶対的効力。
【そのわがまま、絶対的効力】
久しぶりに、朝のゴミ出し途中の近所のおばちゃんの立ち話、なんていう風景を見た気がする。
早起きしてなかったわけじゃない、ただ、仕事だったら鈴原が車で迎えに来て、びゅーんって飛ばして行っちゃうってだけの話。
こんなにのんびりダラダラ歩いていられるのは、久しぶりの登校、だから。
なんかな、楽しいもんだよな。
同世代の奴が、一挙に集まる場所。
学校じゃなきゃ、ありえねえんだ。
中学までは「勉強だりー」くらいにしか思ってなかったけど、仕事に追われるようになってからは登校できる日が待ち遠しくなったりして。
ああ、朝の日差しは気持ちいいな。
空気はなんだか澄んでて、さらさらしてるような気がすんのはなんでかな。
なんつーか、昨日一日でみんなが吐き出したため息とか笑い声とかそういうの全部、
夜の冷たさにさらして洗って、まっさらな状態にしたみたいな。
肌になじむ昼の空気も、今日を沈ませて大事なもんをぎゅっと閉じ込めるような夜の空気もそれぞれにいいけど、やっぱり朝は格別だ。
まるで、手渡された真新しい台本を開くみたいに、ちょっと緊張して、なにより、わくわくする。
いい気分で通学路を歩く。
それなりに顔は売れてきたけど、でも、まだ俺の周りは静かなもんだ。
あくびを一つしながら道端でごそり、と音を立てたものを見る。猫だった。
しっぽの曲がってるそいつにちょっとちょっかいを出して、ああなんかこんなのも久しぶりだなーと、
ジジ臭くも思わず頬を緩ませちゃったりなんかしていると。
ぽん、と肩をたたかれた。
なんつーか、まあ、お決まりだよな。
子どもの頃に見たヒーローもののアニメでも、世界が平和だったりすると、待ってましたといわんばかりに決まってなにかが起こる。
いいのにな、平和なままでも。
勧善懲悪なあの世界でもそうなんだから、俺の生きる世知辛い世の中じゃ、こんなの日常茶飯事ってわけで。
「おはよ、炎樹!」
俺は振り返る。
振り返らなくても、まあ誰が立ってるかなんて、分かってたけど。
「…はよ、」
すがすがしい朝ぶち壊しなその姿に、思わずため息をもらしてしまった。
やべえ…と気づいたときには時すでに遅し。
のにっこにこの笑顔にはたちまちしわが出来始める。
ああ、ごめんごめんごめんすんませんでした、と心の中で(無駄だと知りつつ)謝ってみた。
でも、容赦はない。
俺のデコに、とっておきのデコピンが一つ。降りてきた。
運が良かったと思うしかないんだろう。
珍しく俺はデコピン一つで許された。(でもデコは真っ赤だ。ひりひりする。)
はふうっとわざとらしくため息をついて、首を振る。そして、くすり、と嫌な笑み。
「朝から愛しい彼女に会えたっていうのに、ため息ってちょっと…いやかなりむかつくけど」
「はあ?(俺はその、仕方ねえなあみたいなさんの態度、かなり、いやめちゃくちゃむかつくんですけど)」
「ま、仕方ない。許してあげましょう。だって、朝がこんなにもすがすがしいから!」
いつも以上に訳分かんねえに、首をかしげる。
が、朝が清清しい、だと?
いやいやいや、ありえねえ!だってこいつ、普段めちゃくちゃ朝弱えじゃん!
遅刻してきて、堂々と「眠くてだるかったので遅刻しました」なんて言ってのけたのおまえだろ!知ってんぞ、俺!
突っ込みをそっと胸にしまって、「何かあったのか?」と聞いてみる。
すると、は待ってましたと言わんばかりに目をぱっちり開いて、俺の背中をバシバシ叩いた。
なんだよ。朝っぱらからなんなんだよ、こいつ。
「ね、炎樹」
「あ?」
にこっ、いや、にやっ。
俺の顔を覗き込むみたいにして、が笑う。
背筋がぞっとした。
「遊園地行こう」
…は?
「炎樹、聞いてる?」
「…えー、っと?」
「ゆうえんち!行こう!っていうか、行く。はい、決定」
「い…やいやいやいや!ちょっと待て。ちょっと落ち着け」
「落ち着くのは炎樹のほうだよ」
「いやだからちょっと待て。早まるな。つか、芸名で呼ぶな」
遊園地。
まあ、分かる。はああいう場所が大好きだ。
(ついでに俺も結構好きだけど、それは今は忘れたことにする。)
ただ、今は何の時間だ。登校中だろ?だから制服なんだろ?これから学校、だろ?
「あの、遊園地って、今から?」
「そうです」
そうです、って、間髪いれずに答えんなよおい。
「これから学校行くんじゃねえの?」
「いいじゃんそんなの。炎樹いつも来てないじゃん」
「仕事だっつの。つーかよ、いつも行ってねえから、だからこういう行ける時に行くんじゃねえの?」
「大丈夫。今更、一日二日休んだところで、何も変わんないって!」
「…変わると思うんだけど」
「変わんない変わんない。炎樹のバカなんて、今に始まったことじゃないじゃん」
「おい」
「つべこべ言わない!もう決定したんだから。はい、黙る」
おい、バカってなんだ。
そしてそれ以上に、あれだ、もう決定したって、いつ誰がどうして決定したんだ?
俺は承諾してねえぞ。ってことは、おまえか!おまえの独断と偏見か!
マジで何様なんだよ。
「あ、もしもし、先生?様ですけど」
ああ、様ね、様…。
…って何勝手に電話かけてんだよ!先生に向かって様、なんて、何言ってんだおまえ!
(俺って案外マジメ。先生って尊敬すべき存在なんだぜ、多分。)
くっそ、マジ本当にむかつく。
俺の清清しい朝を返せ、とため息をついた。
隣ではが、「綾織くん、なんだか急に仕事が入ったらしくてー」とかなんとかって、電話してる。
わざわざご丁寧に欠席届けまでしてもらってすみませんねー。
悪態ついて、道端に転がっている缶に向かって足を振り上げた。
――飛んでけ!何もかも!
でも、俺のつま先はむなしくも空中を蹴った。
空振り。
世の中、思い通りに行かないことだらけだ。
「さ、行こう!レッツゴー」
いまいち古いの掛け声を合図に、俺たちは向かう先を変える。
逆らえるわけねえんだ。
だって、俺の腕はすげー力でぐいぐい引っ張られてるし、は言ったら曲げねえし。
なんで言い返さないんだって、そんなの決まってる。
こいつのわがままは、絶対的効力を持つんだから。
(本当に、力で適わない?…んなわけ、あるか)
俺の肩の当たり、歩くたびにふわふわと揺れる、の髪の毛。
前髪の合間から、顔が、見えた。
そんなに、欲しいものをやっと手に入れたガキみたいに、幸せそうに笑われちまったら。
(なんつーかな、もう)
成す術は、ない。
惚れた弱み。
俺はに適わない。
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