下らねえことを思いついたときの、の得意そうな顔。
俺をパシろうとするときのその腕の力とか、思い通りに行かないときの理不尽な暴力。
自分勝手な言葉、横暴な態度、ムカツクところなんて、数えだしたらキリがないけれど。

けれど、炎樹聞いて!と、俺に向けられる笑顔。
子どもみたいに俺を引っ張るその足取りの軽さとか、ボカスカと俺の胸を殴るそのこぶしの小ささ。
ソトヅラだけはいいから、我儘も憎まれ口も、そんなこと言うのは俺にだけで、
なんっつーか、そういうのが嬉しくないのかと誰かに聞かれれば、俺は心の中でこっそり「嬉しい」と答えてしまうだろう。

分かってるんだ、本当は。

めちゃくちゃな、ムカツク俺の彼女には、かわいいところだってたくさんある。
憎らしいのに、いつだっていとおしさの方が勝るんだ。



…絶対に言ってやらねえけど。






【だから憎めない】






おぼつかない足取りで、の脇をふらふら歩く。
なんであんなにグルグル回るんだ、ジェットコースターって奴は。
や、グルグル回るから、ジェットコースターなのか?
わからねえ、わからねえけどもう、とにかくグルグル回りすぎたせいで、俺の思考はちゃんと働かない。

「炎樹、もう1回乗ろう!」
「…えー、マジかよー……」

もう1回もう1回って、もう何回乗ったか分からない。
おまえの三半規管は大丈夫なのか?(あ、これ一応、俺なりの優しさな)
俺の三半規管はもうダメだ。視界はいつまでもグルグル。
天を仰げば、空の青が雲の白と混じって、ちょっと色を薄くした。



勘弁して下さい、と、機嫌を伺うみたいに隣の顔に目をやると、そこには、わざとらしく眉をしかめさせる小憎たらしい表情。
あのなあ、ふざけんなよ?
遊園地に付き合ってやっただけで、近頃多忙な俺としては相当無理してんのに、
その上ジェットコースターのループみたいに俺を振り回しやがって、
んなやりたい放題、いつまでも許してる俺じゃねえんだよ。
仏の顔も四度まで、だっけ?あれ、五度?

そんなことを考えてはみるけれど、「文句あんの?」なんて口先をとんがらせられちまうと、
俺は反射的に「いえ別に」と答えちまうわけであって、
案外、仏の顔って奴はリサイクルがきくんじゃないかと思っちまうんだ。
なんという、エコな暮らし。(だから、俺の思考はもうグルグルで、使い物にならないっつったろ?)

「…しょうがねえな、もう1回だけだぞ」

ため息交じり、こめかみを押さえて泣く泣くそう答えると、すぐに戻ってきたのは満面の笑み。

「やった!ありがと炎樹」
「へーへー」
「しょうがないってのがめちゃくちゃ気に食わないけど、それはあと2回乗るってことで許したげる!」
「…なんか約束違うんだけど」
「はい!3回」

結局俺は、間に他の乗り物を挟んだものの、その後5回ほどジェットコースターに乗らされて。
開放された頃にはもう、夕日の時間。
穏やかにすぎるはずだった久々のオフは、ありえねえほど劇的に幕を閉じようとしていた。






「あー!楽しかったー」

駅のロッカー、預けていた制服を取り出して、がうっとりとため息をついた。
(制服のままじゃなんだからってことで、服は途中で買った。
 ろくに選ばせてもらえなかったから、実は俺、上下の色合いが結構ちぐはぐ。)
ロッカーの扉をしめる瞬間、鼻歌が始まったもんだから、思わず噴出しそうになる。
ぐっとこらえて、にやけ顔のまま。
「よかったな」と言ってやれば、なぜだか「炎樹もね!」と返ってきた。
俺は振り回されただけなのに、なんでよかったか?と思いつつも、があまりにもご機嫌だから、突っ込まずに笑い返した。

持ってやる、と、の手から紙袋を持ち上げる。
ご機嫌なときのは寛大だし、そもそも(我儘なくせに)小さいことは気にする性格じゃないから、
こんなことしなくても怒られないことは知ってたけど。
「やって」と言われるとムカッと来るのに、こうしてニコニコしている姿を見ると、つい甘えさせてやりたくなるのはなんでだろう。
触れた指先に、俺が柄にもなく照れくさい気持ちになったりしていると、が俺の顔を覗き込んだ。
そして背中をばんっと叩いて、「ありがとう!」なんて言うもんだから、もうちくしょうどうしようかと思った。
どうしていいか分かんねえから、とりあえず紙袋を持ったその手で頭をかいてみた。

「ね、一緒に帰れる?帰れるよね?」

切符売り場に足を進めながら、は俺に、せがむようにそう問いかけた。
なんだよ、ここで「用事あっから」なんて言ったら、人でなしロクデナシ男気なし!と公衆の面前で叫んで見せるくせに、
なんでいちいち確認すんだよ。(しかもちょっと不安げに)

「送ってくに決まってんだろ。ここまで振り回しておいて、何聞いちゃってるわけ?」

いかにも面倒です、と言った感じに答えてみた。
だってよ、いかにもキザな台詞もわざとらしいほどに優しい言葉も、そういう恋愛の匂いのするものは俺たちに何一つ似合わないから。
いつだって、俺たちはこうだった。
がせがんで、俺が仕方なさ気にハイハイうなずいて。
そして。

「へへ…よかった」
「大体、俺に嫌といわせるお前かよ」
「そうだけどさ」

そして、ずるいほど、絶妙なタイミングで。
いつもの力技とは違う、鮮やかな微笑で。
は俺の心を、わしづかみにするんだ。





「…要、ありがとね」





こんなときだけ、本名で呼ぶなんて。
ズルいんだよ、お前。



…ズルすぎるほど、可愛いんだよ。





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