何もかもが、強烈な奴だった。
することも、言うことも、表情や、その動きでさえ。

何とも重ならない、誰とも間違わない。
誰とも違う“”は確かに、いつもここにいた。
たった一つの、他にはどこにもない「存在感」で、ここにい続けた。

俺にとっての“トクベツ”は、いつだってだった。

何にも負けない。
俺だって、勝てやしない。



無敵な、彼女。






【負けたふりをしてやる】






殴られてから3日後、撮影のスタジオに行くと、あいつの姿はなかった。
降ろされたんだ、とスタッフから聞いたのは、メイク中のこと。

後味が悪い。
鈴原が止めてくれなかったら、先に殴ってたのはたぶん俺だ。
挑発された気はしている。でも、それに乗ったのは俺で、俺だって仕返したはずだ。



スタッフが、こっそり、と言った感じで俺に耳打ちする。

「演技力がどうこう、とか、経験なんかよりもね、スキャンダルがないことって、重要だったりするのよ」

まあ、それをウリにして知名度上げてくような人もいるけど、と付け足しが入った。
恋愛関係のスキャンダルも大変だけど、暴力となると犯罪だから特に気をつけたほうがいい、と、苦笑交じり。
ケンカでも暴力は暴力だからって、まあそりゃそのとおりなんだけど。

「…でも、俺も手出しかけたのにな」
「今回のあの子の処分は、ね。ちょっと厳しかったかな」
「え?」
「主役級だったら、注意で済まされてた程度のことだったかな、と思うんだけど」
「脇役だからってことかよ?」
「それに…まあ、色々あったみたいよ。他の役者さん潰しがちょっと激しかったって聞いたから」

そう聞いたときは分からなかったけど、その後に鈴原に聞いた。
遊園地デート、週刊誌がかぎつけたのは、些細な噂がきっかけだったこと。
その噂の出所は、アイツとそのほか数名の、共演者だった、こと。



悶々とした気分で、撮影スタジオを後にする。
帰り道、鈴原の運転はスムーズだったけど、俺の感情はとげとげしさを増すばかり。

奪い合い。落とし合い。

納得がいかないわけじゃない。そういうこともあってしょうがねえ。
這い上がってやる、勝ち取ってやる。それだけのこと。
でもきっと、その代償は少なくない。

目を閉じる。
どっと押し寄せてくるのは、体の疲れと、もう一つ、別の種類の疲れ。
情けねえ。弱音なんて吐くもんか、と思っていたのに。






浮かぶ。
柔らかく甘い、幸せの残像が、尾を引いて浮かぶ。
包むみたいに、微笑む。
微笑んで、ぐっと。ガッツポーズを一つ。
夢に近い。
だって、はこんなに穏やかに笑ったりしねえ。

でも、間違いない。
今俺の頭に浮かんでいるのは、
あの日俺を励ましてくれた姿。

(…会いたい。)

思い出す、この前のの電話。
はなんで電話してきたんだっけ?

テストが終わったと言っていた。
嬉しそうに、楽しそうに。
そういえば、「明日…」と何かを言いかけていた。

なんだったんだろう。
聞いてやればよかった。
そんなに遠くに住んでるわけじゃない、数十分でも。
時間だって、どうにかすれば空けられたじゃんか。






「…鈴原」
「ん、何?」
「わがまま言ったら怒る?」

我ながら、拗ねたような、すがるような情けない声。
ハンドルを握る横顔が、困ったように笑う。

「そうね、内容によるかしら」

この顔は、きっと分かってるんだろう。
俺のわがまま。
認められるか跳ね除けられるかは分からない。
だけど、ごまかすつもりも、ねじ伏せるつもりもない。
なんだって、欲しいものを正直に欲しいと言えないのは、とても損なことだ。

に会いたい」

笑顔の中の、困惑は消えない。
信号で車が止まると、鈴原は俺を振り返った。
咄嗟に、わずかに身構える。

「どうしても?」
「…まあ」
「分かってるわよね、自分の立場。それがどういうことなのかも分かってるわよね?」
「分かってる。でも、それでいいのかは分からねえ」

捨てられない。も、仕事も。
じゃあどうすればいいのかって、そんなのこっちが聞きたいくらいだ。
小さい。俺はまだまだ。

「自分で決めなさい」
「…え?」
「私としては、管理するのは簡単よ。でもマネージャーとして、あなたを信頼してるわ」
「……」
「あなたの人間臭いところ、“九神炎樹”の魅力だと思ってる」

一つ、忠告。
鈴原の声を合図に、再び車が発進する。
流れていく景色。
いつもは直進の道を、左折。
右折の道を、直進。

どこに着くんだろう?
考えてみて、すぐにやめた。
きっと鈴原は分かってた、俺の言いたいことも、向かいたい先も。
たどりつく、答えさえ。

鈴原には、感謝しなきゃなんねえな。
この仕事に出会わせてくれたこと。
信頼してくれたこと、決断させてくれたこと。

「“九神炎樹”にも、あの子が必要だと、私は思ってるわ」

気づかせて、くれたこと。
アイツがいたから、今の俺がいる。
腹立つ、ムカツク、イライラする、嬉しい、楽しい、恋しい。
そして、愛おしい。
感情の源を断ったら、俺に何が残るだろう?

「スキャンダルで潰れても許す、とは言えない。私も仕事だから。でも、」
「でも?」
「色んなものを吸収して、スキャンダルも跳ね返すほど、魅力のある俳優になって」

車は停止した。
そこは事務所じゃない。俺の自宅、だった。

「気いきくな、マネージャー」
「生意気。でも許す」
「なんで?」
「プレゼント。クリスマスの」
「……は?」

忘れてたの?
笑われた。






「行って来ます!」
「行ってらっしゃい」






俺の自宅からそう遠くない距離を、走る。

“明日…”

もうすぎてしまった、あの日の明日。
何を言いたかったんだろう。
取り戻せる?取り戻せたらいい。
でも、取り戻せなかったら、勝ち取る、まで。
あいつのためになりふり構わず、なんて、悔しいけど、いつだってもう、振り回されてばっかりだったじゃんか。
情けなくて、かっこ悪くて、そんなんばっかだったじゃん。

どうでもいいよ、もう。
きっかけとか、理由とか、勝つとか負けるとか、そんなんどうでも。
いくらだって、負けたふりくらいしてやる。
むかつくけど、マジ腹立つけど、好きだ。

だから、だけは負けないで。
きっと、どんどんでかくなる俺の夢の代償。
一緒に戦って、と言ったら、アイツは頷いてくれるかな?






チャイムを押す。
寒い空気にそれは響いて、そして、玄関がぱっと明るくなる。

「はい。どちら様ですか?」

の声がして、不覚にも涙が出そうになった。
こんなにも、涙が出るほどに。
会いたかったのは、きっと俺の方。

「…俺。要だけど」
「何か用?」

頑なに、閉じられたままのドアに、呪文を一つ。
今日だけの魔法をかけるために、俺は口を開く。

「メリー、クリスマス」

数分前まで忘れてたくせに、と、カミサマは怒るかな。
がちゃり、と、音を立てたドアが、隙間から明かりを漏らす。

「…忙しい、って、言ったじゃん」
「そうだけど」
「無理って」
「うん」
「暇ねえ、って」
「ああ」

なんで、気づかなかったんだろう。
そんな俺の一言なんて、いつも無視していたのに、こうして。
面と向かった今でさえ、服のすそをぎゅっと掴んで、まるで涙を堪えるかのように。
眉を、寄せて。
彼女が強くいられるときは、決まって、俺が隣にいたじゃんか。

「邪魔、しないよ」
「なんでだよ」
「約束したじゃん。邪魔しない、って」
「覚えてたのか?」
「忘れないよ」

…忘れるわけないよ。要の、夢。
が言う。

「明日、何?」
「…え?」
「この前の電話。明日、何て言おうと思ったんだ?」
「いいよ、もう」
「よくねえ」
「いいって」
「ダメだ」
「いいって言って――」

遮るように、抱きしめた。
震える、小さな、小さな体。
力を入れたら潰れそうな気がしたけど、俺は、目一杯、ぎゅってした。
多分、潰れないことを確認するために。
俺たちの愛情はきっと、凶暴なほどに、強い。

「言えよ。よくねえよ、ちっとも。いつもみたいに、かかって来いよ」

耳元で、呟くみたいにそう伝えれば。
か細い、でも俺を嫌いと言ったあの日とは比べられないほどの熱さで、が言葉を紡ぎ始めた。

「…つでも、いいから」
「ん?」
「いつでも、いいから。明日から、クリスマスまでの間」
「うん」
「…たい」
「え?」
「会いたいって、言ったの!」

じゃあ、間に合うな。
笑ったら、が不思議そうに顔を上げた。
その顔に、キスを一つ。

「かわいいな、おまえ」
「…は?」

あんなに嬉しそうに、会いたい、って。
もしかして、あの遊園地の日の“いいこと”も?

「かわいい。マジ、すっげーかわいい」
「…炎樹は気持ち悪い」

あ、そっぽ向かれた。

「おまえくらいじゃねーと、無理だから」
「何が?」
「俺の夢、手ごわいから。なあ、一緒に戦ってくんねえ?」

俺の言葉に、瞬きを2回。
そして、とんがってくるの口先。
思わず噴出して、そしてまた、そのとんがりにキスを落とす。

「邪魔していいからさ」
「……」
「何回でも、かかってこいよ。だから、一緒に夢、見てくれねえ?そして、」

そして。

「一緒に夢、叶えてくれよ」

玄関先、俺たちはまるで、挑むみたいにぎゅうぎゅう抱きしめあって。
は笑った。
もう、残像なんかじゃない。
目の前で、確かに。

その笑顔が、驚くほど柔らかく、甘く、さっきの笑顔と一致するもんだから。
何度も、何度もキスをした。
欲しくてたまらなかった。

「なあ、もう一回聞かして」
「?」
「俺が、だいっきらいなんだっけ?」





我儘で、横暴で、凶暴で。
でも、小さくて、涙もろくて、欲しがりで。
めちゃくちゃに俺を振り回す彼女。

悔しそうに、睨んで見せたは、きっと知らない。
負けたのは、おまえじゃない。
だから、言ってんだろ?いつだって。

「要、大好き!」

けんか腰の、そのむちゃくちゃな物言いにさえ。
幸せを感じるんだから、いつだって、俺の負け、なんだよ。

「俺も――」

俺も。





大好きだ。
無敵な、彼女





呪文は唱えてみたものの、プレゼントなんて何にもなくて。
だから、朝まで一緒にいるってのはどう?と、冗談めかして言ってみたら。
がめちゃくちゃ嬉しそうに笑うもんだから、びびったのはここだけの話。






メリークリスマス!






END






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あとがき