窓際、一番前の君の席。
廊下側、一番後ろのオレの席。
教室の対角線、ちょうど端と端。長すぎるその距離。

まるで、オレらの関係みたいやな、と思っていた。

仲がええとか、悪いとかやない。
とにかく遠い、接点のない関係。



正反対の、君とオレ。





【初めて声をかけてみた】





ぎいぎいと音を立てて、いくつもの机が大移動をする。
その騒音の合間、嬉しそうに楽しそうに、あるいは残念そうに不満そうに、たくさんの声が飛び交う。
早々に移動を終えたオレの背中にも、声がかかる。

「うーわ、姫条そこ?羨ましいなあ、おい」
「へへ、くじ運ええやろ?なんや、後ろすすーっと平行移動しただけでおもろないっちゃおもろないけど。おまえは?」
「教卓まん前」
「ははは、ご愁傷様」

今日のHRは学生の一大イベント、席替え。
くじを引く順番を決めるじゃんけんに、一喜一憂。
席が決まって、その位置に一喜一憂。
そして今、その周りのメンバーを見て、3度目の一喜一憂の真っ最中。
仲のええ子と離れたとかくっついたとか、カレシカノジョと近いとか遠いとか。
こっそりガッツポーズしとる奴もおるんやろな、大好きななんとかちゃんと隣、とか。

オレはといえば、一番後ろ、窓際2列目っちゅーええ席をゲットできて、とりあえず満足。
ご近所さんはまだ分からへんけど、実はあんまり気にしてへん。
2年に上がって、このクラスが出来てからもう8ヶ月。
ちゃんと喋ったことない奴は何人かおるかもしれんけど、それでも挨拶もしたことない奴なんておらへんし、
自分で言うのもなんやけど、オレってほら、社交的やから。
相当思考がどっかに飛んでる話の通じひん奴なんてこのクラスにはおらへん(三原色は隣のクラスやから)し、
どんな奴が隣にきても、まあ楽しい学園生活になるんやないの?なんて。



ああ、今日はええ天気やね。小春日和ってやつやね。
頬杖をついて窓の外、ぼんやり眺めながら、今度の席はお天道様が近くてええなーなんて、のんきにあくびをかましてみる。
お天道様とオレの席の間には、まだ机のはまらない席が一つ。
でかい奴やないとええな。お天道様を遮らん大きさの奴やとええな。(オレに言われたないと思うけど。)
楽しい奴やとええな。宿題協力してくれる優しい奴やとええな。
宿題見してくれる、優しくてたのしくてかわいい子だったらもっとええな…それは欲張りすぎかもしれんな。

ぽかぽかして、なんだか眠たくなってきて机に頬をくっつける。
窓の方、まだからっぽのお隣さんのスペース、その空中を視界に捉えてまどろんでいると、
机から頬に伝う机の大移動の振動が、一際リアルに近づいてくる。
ぎい、ぎぎっ、と。たぶん、前の方から。
きたかな、オレのお隣さん。
ぴたり、とその振動が止んで、オレの視界のちょうど真ん中、制服の袖からのぞく小さな手が机を離す。

「ここかあ」

眠い目を、ゆっくりと上げた。
そこにいたのは。

「あ、えと、姫条くん」
「おー」

挨拶はしたことがある。
でも、ちゃんと話したことは、多分ない。

「ジブン、そこ?」
「うん。お隣さんだね。よろしくね、姫条くん」

にこり、と笑うその笑顔。
同じくにこり、と笑い返す。

「よろしゅうな、ちゃん」

お隣さんは、初めて名前を呼ぶ、女の子だった。






席替えの翌日。
朝、珍しくチャイムの5分前に教室に着いてまず、違和感を感じた。
出入り口、一番近かったオレの席に、違う奴。
ああ、そか、席替えしたんだっけーと思い出すまでほんの数秒かかった(多分、ほとんどの奴がオレと同じやったと思うんやけど)。
見知った何人もの奴と挨拶を交わしながら、教室奥、窓際まで進んだ。

ちゃんは、まだ来とらんかった。
朝、遅いんかな?
マジメそうに見えるのにちょっと意外やな。
そんなことを考えながら、でもそれってオレの想像やん、と思わず苦笑した。

ちゃんについて、知ってることはごくわずか。
知っていることといえば、1年のときオレと違うクラスやったってこととか、
英語や数学の選択クラスは発展コースで、きっと頭がいいこととか。(もちろんオレは基礎コース)
ぎゃあぎゃあ騒ぐタイプじゃなくて、いつもおっとり、ニコニコしてること。
そして。

そしてもう一つ、この席になる前は、窓際一番前の席。
前にオレが座っていた席から、一番遠い席に座ってたこと、くらい。

いつだったろう、多分退屈だった授業中。
ぼーっとあたりを見回していたときふと視線が止まった、教室の対角線、ちょうど端に位置するちゃんの席。
懸命にノートを取りながら、たまにこつこつ、とシャープペンで額を叩くその仕草に。
ああ、オレの席から一番遠い席に座るあの子は、オレとは全く違うタイプの子やな、って。
まるでこの遠く遠く離れた席みたいに正反対の子なんやろうなーって、そんなことを考えたのがすごく印象に残っている。
だから、覚えてる。昨日までの、ちゃんの席。



チャイム、ほんの数分前。
オレの前の席、サッカー部でゴールキーパーをしてるヤローと昨日の野球の話なんかをしながら、視線を泳がせる。
(サッカー部やけど、野球も好きなんやって。スポーツならなんでも好きなんやって。爽やか!)
ざわつく教室の一番前のドア、控えめに開かれるのが見えた。
ひょっこりと姿を出す。ちゃんやった。

(なんで一番後ろの席なのに、前のドア?)

ちゃんを見ていると、一瞬戸惑ったように、きょろきょろと顔と目を動かして、そしてすぐに、あ、と口を開いて。
おはよーなんてにこにこしながら、人の合間を縫うようにしてこっちに来る。
にぎやかな教室、手に持った鞄を、少し邪魔そうにしながら。
そして盛り上がる俺らの脇、すすっと通り過ぎて、そして音もなくオレの隣の席に座った。

あー、なるほどなるほど。
ちゃんもやってしもたんやね。
オレとおんなじ。
席替えしたこと、忘れとったやろ?

げらげらと笑う目の前のゴールキーパー君の調子にあわせてあはは、と笑いながら、それとは別、頬が緩んでくる。
はよ突っ込みたい。
ちゃん、さっき一番前座ろうと思って教室入ってきたやろ?
言ったら照れるかな?
それともちょっと膨れてみせんのかな?



朝のHR開始のチャイムが鳴る。
教室のいたるところに立っていた人の群れが散って、それぞれの場所に帰っていく。
オレの目の前、さっきまで椅子をまたぐように座っていたゴールキーパー君も、くるりと姿勢を変えて。
氷室が来たらすぐに「エクセレント!」な状態になるように、隣の奴と、ひそひそ話を始めた。

じゃあ、オレも。
せっかくなんで、お隣さんに声をかけてみましょか?

ちゃん、おはよ」
「あ、おはよー。姫条くん」

鞄から教科書を出して、机の中に移動する君。
すごい、教科書持って帰っとるんや!感心しながら、でも堪えきれなくてにオレは言葉をつむぐ。

「なな、ちゃん、さっき間違ったやろ、席」
「え?」
「前から入ってきたやん?扉開けて、あ、って顔してた」

見てたでー、と笑うと、ちゃんも笑った。
見てたの?と。

「席替えの後、いつもやっちゃうんだよね。寝るところっと忘れちゃって」
「なんや、そなの?なんかちゃんしっかりしてそうやけど」
「全然!忘れ物も多いよ。だからよろしくね、色々と」
「オレを頼るん?なかなか勇者やね」
「えー、そんなことないよ。だって姫条くんは今日席間違えなかったでしょ?」
「や、おんなじおんなじ。扉んとこで一瞬固まったし」
「あはは、そうなんだ」

じゃあ、教科書忘れたらどうしよっか?
2人して、こんな端っこ立たされて怒られんのかな?
そんなことを話しながら、ちゃんはにこにこ笑う。
あったかい、優しい、なんだか丸い印象の笑顔で。



笑うたびに机の下、つま先をちょんと立てるのが面白くて、なんだかめちゃくちゃ可愛かった。



マジメそうで、でも、自称うっかり者。
いつもにこにこ、なんだか仕草が愛おしい、笑顔のかわいい女の子。

正反対、そう思ってた君に、初めて声をかけてみた。

お天道様の光を浴びて、久しぶりに暖まるオレの机。
まるでその、ぽかぽかの温度みたいに。
オレの心のどっか、静かに熱を上げていく。





隣の君は、どんな子なんやろ?





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