笑う。にこにこと。
声を立てずに、そっと。
「なー、葉月」
「……ん?」
「オレな、カワイくてしゃあないんやけど」
「……」
「んでな、笑うたび、なんやもう、ぎゅーってしたくなるんやけど」
頭に思い浮かぶ、ちゃんの笑顔。
柄にもなく、ドキドキしたりして。
「なー、葉月」
「…だから、何だ」
葉月、オレな。
恋に落ちたと思うんやけど。
【笑顔の、その先に】
「姫条くん、これ、CD持って来たよ」
休み時間。
隣には、はい、とオレにCDを差し出す女の子。
にこ、と笑うその顔に、つられて笑った。にこ。
「おー、おおきに!んじゃ、お借りします」
「はい、どうぞ」
「いいよね、この人たちの歌!」なんて隣でちょっとはしゃぎ気味なちゃん。
オレはうんうん頷いて、これの前のアルバムの何って曲が良かったとか、どの曲は歌詞がよかった、とか。
調子こいて言っちゃってるわけですが、すんません、ちゃん。
実はオレ、こいつらの曲聞いたの昨日が初めて(レンタルショップで借りた)で、曲名なんかもテスト顔負けの丸暗記、です。
「でも、姫条くんも好きだなんて思わなかった。ちょっと意外!」
「そ、そか?」
そうですよね。だってオレってば、英語が苦手なくせに部屋のCDラックは洋楽だらけ。
邦楽のCD手に取ったの何年ぶりやろ?なんて、昨日思ったくらい。
つまり、オレが好きなのは、たぶんこいつらでも、こいつらの歌でもなくて。
目の前の、君、なんやろうなと思うんやけど。どうでしょう。
「意外だけど、なんかうれしい」
本音を伝えても、そうやってうれしい、って笑ってくれたりしないやろか。
いやいや、それは欲張りやんな。
こんなにも、簡単なもんやと思わなかった。
目の前で、君が笑う。目が離せない。うるさくなる、オレの心臓。
ああ、これが恋。
複雑そうに見えた感情は、思っていた以上にシンプルやった。
カノジョなら、今までに何人かおった。
どの子も可愛くて、触れれば柔らかくて、暖かくて。
楽しかったし、心地よかった。
愛とか恋なんてそんなの分からんかったけど、それでも良かった。
だって、オレはカノジョのことが「好き」で、だからお付き合いするなんちゅーのはこんなもんやろと思ってた。
「でもな、違うんやで、葉月」
楽しかったちゃんとの休み時間も終わって、秋のグラウンド、今は体育の時間。走り高跳びの順番待ちの列の中。
ちょっと離れたところに座って、ぽかぽかの日差しにまどろむ隣のクラスの葉月に、オレは興奮気味に話し続ける。
(葉月とは、去年、1年のときに同じクラスやった。
最初はいけ好かん奴と思ったけど、フリマで出店してるこいつ見つけて以来、結構話せる奴と思ってる。
多分、オレが一方的に。)
葉月が目を閉じてカクカクし始めるから、「なー、聞いて」と肩をゆすった。
面倒くさそうに開かれた瞼に、目が合う。(わお、綺麗な目!さすがモデル!)
「恋、っちゅーのは、ただ好きなんとちゃうねん。なんかもっとこう、胸の辺りが、こう、そわそわ?」
「…そわそわ?」
「わくわく?うーん、うきうき?」
「(…どれなんだ)」
「ダメや、よう分からん」
「(分からないのはこっちだ)」
語ってたらついつい熱が入ってしもて、オレは我ながら意味もなく、目の前で手をせわしなく動かした。
ええと、こう、とにかくそわそわわくわくうきうきして、手の中心に力が入らなくなる、みたいな。
もっと言えば、手の中心だけじゃなくて顔とか腹とか、とにかく全身、なんとなくむずむずして、
ああもうこちょばいねん!やめて!こちょばすのやめて!みたいな。
思いつくままに説明したら、葉月は眉間に思いっきりしわを寄せて、その後にぷっと吹き出した。
「姫条」
「だから、オレはもうこれはもしやと思っ…てって、ん?」
「姫条、もしや、とかじゃない」
葉月は笑う。
こいつの、こんなに柔らかい表情は珍しい。人見知りの子どもが、親にだけ見せる笑顔みたいな。
オレが知っとる限りでは、隣のクラスのとある女の子と話しとるときくらいしか、こんな表情はせえへん。
それがオレに向けられたことに驚き、呆気にとられていると、葉月は言った。さらっ、と。
「のこと、好きなんだな」
そして、立ち上がる。
見れば、葉月が飛ぶ順番が来てるみたいや。
「やっぱ、そう思う?」
「…さあ。結局は本人にしか分かんないことだ」
「そら、そやけど」
「でも、まあ…」
いいんじゃないか?そういうのも。
オレに背中を向けて、前に歩いていった葉月は、そんな言葉をぽつり、と残して。
少し離れた場所まで歩いていき、そこから助走を始めた。
葉月のすらりと伸びた手足は、高く、高く。
まるで空を飛ぶイキモンみたいに、軽々とバーを越えた。
悔しいくらい、かっこよかった。
きっと、葉月はオレに言われなくても知っている。
かけがえのない感情。
葉月がフリマに持って来ていた、シルバーアクセの入ったケースの奥には。
隣のクラスのあの子のイニシャルが入った指輪が、大事にしまわれていた。
体育の終わり、みんなでバーやら何やらを片付ける。
マットの方では、数人が悪戦苦闘。(オレの前の席の爽やかスポーツマン君も必死。必死でも爽やか!)
オレは誰も手をつけとらんかったポールへ向かった。
大分高い位置まで上げられたバーに手を伸ばす。
「あ、姫条くんだ。お疲れさま」
ちょうどバーを手にとったときやった。
視界の外から声がして、俺は振り返る。
そこにはメジャーを片手に持って、小走りで駆け寄ってくるちゃんがおった。
「お、ちゃんやん。女子も終わり?」
「うん。終わり」
「お疲れさん」
言いながら、バーを降ろすと長いそれがちゃんの頭上にふらついた。
慌てて両手で押し留める。セーフ。
危な!と笑ったら、ちゃんも笑った。
「大丈夫だよー、ちょっとくらいぶつかっても」
「や、アカン。顔にぶつかったら一大事やで!女の子やもん」
「頭にぶつかったら、成績良くなるかもよ?」
「普通、アホになる言うんやないの?」
「こつん、程度なら。打ち所によっては何かが繋がって良くなるかも」
忘れ物減りますように、と、ちゃんは持っているメジャーで自分の頭をこつんとしてみせる。
視線は斜め上。どっちかっていえば、アホの表情。
やけど、「姫条くんも。課題忘れませんように」なんて言いながら、オレにもメジャーを向けるふりをしてみせるもんやから。
その手はいっぱいに伸ばされてるのに、俺の頭になんか、全然届く気配がないもんやから。
アカン、カワイイ!むっちゃカワイイ。
なんやもう、全身こそばゆくてむずむずして、頬が緩んだ。
(なんでちゃんこんなにちっこいの!)
この子の笑顔、独り占めできたらいいのに。
こんなカワイイ仕草全部、オレだけのやったら最高なのに。
幸せをかみ締めていたら、遠くの方、体育の先生がオレを呼ぶ声が聞こえた。
なんやもう、そんなん無視無視。
オレ今めちゃくちゃ忙しいねんから!
でも、そんな都合のいい話は通るはずないわけであって、目の前のちゃんが鋭く先生の声に気づく。
あ、呼んでるよ?なんて言われちゃえばどうしようもないわけであって、オレは仕方なしに先生の姿を確認した。
「あー…あっちのバーも降ろせっちゅー話しかなあ」
「姫条くん、背高いから」
「背高いのも良し悪しやね」
ため息混じりにちゃんを見れば、やっぱりにこにこの笑顔。
宿命だね!なんていうから、思わず噴出した。
「まあ、しゃあないわ。宿命やから行って来ます」
「頑張れー」
「応援おおきに」
手をひらひらと振って、そのついで、のふり。
目の前にあったちゃんの頭を、ぽん、と1回軽くたたいてみた。
「忘れモン減りますよーに」
ああもう、何この小さい頭!(手の中心むずむずする!)
なんやオレはもう、重症や。
向かった先、どうやら同じ理由で手伝わされていた葉月がバーを降ろしていた。
その反対側、オレはバーのもう一片を持ち上げて止め具を下げる。
なかなか締まってくれない頬をそのままに、葉月を見たら目が合った。
にへらっ、と笑って、照れ隠しみたいに早口で言ってみた。
「やばい葉月オレ重症やと思わへん?」
葉月は呆れたように笑う。
コイってすごいんやね!きっとアホみたいに下らなくて独りよがりで、ややこしいだけの感情のような気がしとったけど。
こんなにも簡単で、無意識で、わくわくしてそわそわして、なんやはしゃいでしまうんやけど!
ふざけたふりでそんなことを口に出してみた。
「…でも、それだけじゃない」
「は?」
「幸せなだけじゃ、ない」
降ろしたバーを、足元におくと、葉月は視線を遠くに投げた。
つられてオレも、葉月と同じ方向に顔を向ける。
そこには。
ちゃん、が。
俺の前の席の爽やかサッカー少年と、話している姿。
にこり、と笑う、ちゃんの笑顔、その先に。
オレはいない。
(…独占できるなんて、思ってたわけやないけど)
さっきまでのふわふわがウソのように、とげとげした痛みに変わる。
回れ、右!なんて、そんなんよりももっと簡単に。
180度、オレの気分は方向を変えた。
「…厄介なんだ、恋愛感情は」
葉月の声が、頭の中を通り過ぎていく。
なあ、葉月。
恋愛感情ってのが、厄介なモンなんだとしたら、やっぱり、オレ。
「なんや、めっちゃ嫌なんやけど」
「…そうか」
「あー…むしゃくしゃする。何これ」
君の笑顔の先、他の奴がいる、それだけで。
気分は急降下。
「やばい、独り占めしたい」
オレは、隣の君に、間違いなく恋に落ちた。
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