好きだと告げる。
おまえが笑う。
笑って、そして、確かに頷く。

あまりにも自然に、当たり前のように。
オレたちは恋をはじめた。






【Yes・Yes・Yes】






休日、2度目のデート。
公園とか、街で買い物とか、そういう自由度の高い場所はまだちょっと気が引けて、映画に誘った。

「ホラーですか?」
「や、違う違う。、ホラーダメだったよな?コメディーっつーか、まあ、ごくごく一般的な娯楽映画」
「ホラーでもいいのに」
「それは今度でいいよ」

正直なところ、好きな子と一緒にホラー映画ってのは、すげえおいしい話なわけですが。
そんなのはまあ、これからおいおい、ということで後の楽しみに取っておけばいいから、
とにかく今は、一緒の時間を過ごして、同じものを見て、一緒に笑いたかった。
長いビジョンで見れば、こんな初々しい気持ちを楽しめるのは、今だけ。
かっ飛ばして先に先に進むような付き合い方もあるけど、それは瞬間的に燃え上がったときによくやってしまうこと。
年齢相応に経験を積んだオレは、そのことを知っていた。
逆に言えば、との関係は、どうしても長いビジョンで見てしまう、ということ。
一つずつ、例えば好きな本を読むとき、その一字一句を逃さないようにするみたいに。
ゆっくり、じっくり付き合いたかった。

チケットを買って、映画館に入る。
ちょっと早めの時間、自由席の館内は、まだそれほど人が入っていなかった。

、どこがいい?」
「どこでも大丈夫ですよ」
「んじゃ、後ろの方の真ん中辺…あ、あの辺り、どうだ?」
「はい」

付き合ってからも、変わらない。
は今でも、はい、と笑って頷く。






映画は可もなく不可もなく。
よく言えば期待通りに、悪く言えば期待以上のものはない、そんな映画だった。
明るくなった館内、ぼーっとエンドロールを眺めるに、ちょっと失敗したかと心配になったけど、
映画館を出たところでパンフレットを手に取った彼女に、単純ながらほっとした。

「買うのか?」
「うーん、迷ってるんです。財布と相談中…」
「はは、そっか。面白かったか?」
「はい!」

そっか、とオレを見上げるように傾けられたその頭に手を置く。
その行動に下心なんてもちろん微塵もなかったけど、急にが顔を赤くしたから、オレは少したじろいだ。
頭をかき回すみたいに、ちょっと乱暴に手をぐるぐると動かす。
「よかった、よかった」と、バイトで何かを褒めるときと同じようにすると、もほっとした表情を見せた。
本当は穏やかに触れていたかったけど、仕方なしに諦めて、そっと、頭から手を離した。

「…買ってやろうか?」
「え、ええ!いいですよ」
「遠慮すんな?こんなんでも一応オレ、先輩だし」
「でも」
「大学生だし」
「だけど」
「おまえよりバイトの時給高いし」
「そうですけど」
「…カレシだし」

我ながら口に出すのはまだ照れくさくて、でもなんだか嬉しくて。
の顔を覗き込めば、ちょっと睨むような、視線。
悔しそうにオレを見たまま何も言わないから、なんだか優位に立てた気がした。
調子に乗って、映画館のロビーの端っこ、こっそり顔を覗き込む。

「甘えてみません?」
「…でも」
「いいんだよ」

オレがそうして欲しいって言ったら?
もう一度、今度は2回、ぽんぽんと頭に手をやった。
「なんだかずるい」、そう言ったは、手の甲を自分の頬に当てた。
多分、ほてった顔を冷ますために。

「…じゃあ、甘えちゃっていいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」

小さく頭を下げたに笑って、カウンターに向かう。
バイト代で生活をまかなう一人暮らし大学生、そんなに余裕があるわけじゃねえけど。
思わず2冊、と頼んだ。
そう遠くない未来、このパンフを見たとき。
今日のことを思い出して二人で笑えたなら、と思った。
柄にもなく、思い出を共有できることが嬉しかった。






休日だけじゃない。
時間が合った放課後についでみたいなふり、CDショップに誘ってみたり、本屋に誘ってみたり。
一緒にボーリングもしたし、クリスマスイルミネーションが始まった夕方の水族館にも行ってみた。
毎日じゃないけど夜は電話をしたり、講義の合間、下らないメールを送ったりもした。

はいつも笑っていた。
誘えば「はい」と頷いたし、電話をかければ「起きてましたよ」と声を和らげてくれた。

嫌がる素振りなんて、なかった。ただの一度も。
そんなに惚れたのはオレで、それを見るたび、聞くたび幸せになった。



なっていたんだ、確かに。



それなのに、ある日。
放課後にレンタルショップに寄って一緒に帰る約束をしていたあの日、突然呼ばれてしまったアンネリーのバイト。
配達要因が足りなくて、だからオレじゃないと意味がなくて。
昼休み、仕方なしにに電話をかけたときだった。

「悪い、そういうわけだから、放課後、ダメんなっちまった」

正直、オレは心底がっかりしていた。
少なくとも週に1度は会っていたけど、それでもオレとはやっぱり立場が違って、
同じ学校に通えない分、同じリズムで生活できない分、少し離れている気がしてたから。
会える日は、大切に考えていた。
もそうだと思っていた。だけど。

「そうですか、分かりました」

携帯電話の向こう側から聞こえてきたのは、いつもと変わらない、あっけらかんとしたの声。
残念そう、どころかその調子は明るくて、デートに誘うのを了解したときのそれと全くと言っていいほど変わらない。

「あー、のよ」
「はい?」

残念じゃねえの?がっかりしねえの?――聞けるか、んな女々しいこと。
腑に落ちない感情をそのままに、オレは咳払いを一つ。
声色に感情がもれないように、息を吸い込んだ。

「…や、なんでもない。本当にゴメンな、急に」
「そんなことないです。バイト、がんばってくださいね」
「おう」

じゃあ、という一言を交わして、電話はあっけなく切れてしまった。
残ったのは、無機質な機械音。
目に見えない電波で繋がっていた、オレとのそれぞれの居場所は、こうして簡単に途切れてしまう。



頷くに、恋をした。
何度も、何度も。
バカの一つ覚えみたいに、好きだ、と思った。

なのに。
今ここにある感情は、なんだ?

同じものを見て笑いたいと思ったのは、オレだけ?
共有する時間を、大切に考えていたのはオレだけ?






なんとなく吹いた風みたいに、自然に始まったオレたちの恋。
その風は、オレの気持ちに比例するみたいに、少しずつ強くなる。
強くなって、そして――。

頷くに、腑に落ちない感情一つ、ここに生まれて。
かちり、と音をたてて、携帯電話は閉じられた。
付き合い始めて1ヶ月。木枯らしが寒くなった、ある秋の終わり。



手元には、あの日のパンフレットが1冊。



強くなった風に。
――オレたちの何かが、ずれていく。






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