明日ヒマか?と、聞く。
楽しかったか?寒くないか?腹減ってないか?
――付き合って、くれねえか?
口数のあまり多くない君に、オレは何度も問いかけた。

いつだって、君の答えは「はい」。
でも、オレは頷いてくれることに満足していたわけじゃない。
頷いてくればそれだけで嬉しかった、というわけじゃない。

に会えることが、が笑ってくれることが。
オレの隣がにとって居心地のいい場所であることが。
なによりも、オレを受け入れてくれることが。
それが、すごく幸せだと思ったんだ。



でも例えばそれが、断れなかった、だけだとしたら?
が、「ノー」と言えない奴だったとしたら。



いつだって、オレが知りたいのは。
建て前なんかじゃない、君の本当の気持ちが、知りたいんだ。






【君の気持ちが知りたいんだ】






の手に包まれた、白いカップ。
中のココア色からは、ゆらゆらと湯気が立ち上る。
その湯気の向こう側、少し目を伏せたは、そのカップに口をつける。
まつげが頬に影を落として、その急に大人びたみたいな表情に、どきり、とした。

「先輩?」

ささやくような声と同時に、ぶつかった視線。
油断していたオレは、動揺を知られたくなくて、咄嗟に手元のカップを持ち上げた。
ごくり、と。
飲み込んだコーヒーは予想以上に苦く、思わず眉をひそめた。

「先輩、どうしたんですか?」
「え、なにがだ?」
「なんか、ぼーっとしてる」
「そか?んなことねえと思うけど」

オレの答えにが笑ったから、ほっと息をつく。
言えるわけがない。
見とれてた、なんて、オレはきっと、そんなガラじゃない。





放課後の喫茶店、かわいい彼女と向かい合って。
オレはコーヒー、彼女はココア。
どうでもいい話をぽつりぽつりとこぼしながら、たまに笑い合ったりして。
はたから見ればきっと幸せなデートで、きっと、何も問題のない穏やかな時間。

でも、実際のところ、そうでもない。
一度見つけてしまった不安は、ぬぐいきらない限り、徐々にふくらんでいく。

結局あの後、オレが約束をドタキャンしたことについて、は、何も言わなかった。ただの一言だって。
一度だけ、しかもたかだか数時間会えなかっただけで、ぎゃーぎゃーわめくようなのも何か違うよなと思うけど、
こうして、あっさりと過ぎちまうのも素っ気無い。
まるで、どうでもいい事だったみたいじゃねえか。
みたいじゃなくて、実際のところ、そうだったってことか?

それは、傍目にはオレたちが、幸せで何の問題もない恋人同士に見えるのと同じように。
結局のところ、にしか分からないこと。
笑顔の影に何があるかなんて、当人にしか分からない。
聞くしかない、ってことだ。



コーヒーに、砂糖をひとさじ落とす。
くるくるとかき混ぜると、スプーンがカップにぶつかって、カチン、と音を立てた。

(――聞く?聞くって、どうやって?何を?)

スプーンをソーサーに載せて、コーヒーをもう一口。
今度はほのかに、甘い。

(オレに会いたくねえのか、って?ドタキャンされて、怒らねえのか、って?)

コーヒーから、に視線を移す。
窓の外、寒そうに肩をすくめて行きかうひとの流れを、ぼんやりと眺めている。

(…聞けるか、んな、女々しいこと)

つられるみたいに、窓の外を見る。
葉も落ちて、裸になっちまった木には、小さな電球が巻きつけられている。
空はもう、暮れかかっている。そろそろ、明かりが付くのかもしれない。



「…
「ん?」
「ケーキ、本当に食わねえの?」
「はい、今日はいいかなーと思って」
「そっか。遠慮すんなよ」
「はい!もちろん、遠慮なんかしてませんよー」
「ならいいけど」

肝心なことは、いつだって喉元につっかえてしまって。
こんな風に、何気ない話をしているうちに、時間はどんどん過ぎていく。

「あーの、さ」
「はい?」
「ほんとに、遠慮すんな」
「はい。やだな、大丈夫ですよー、そんなにお腹減ってないし」
「そうじゃなくて」
「え?」

そうじゃなくて。
肝心なことは、オレが言いたいことは。

「いつも、はい、って言うけどさ」
「…はい」
「それってすげー嬉しいんだけど、でも、無理はすんなよ」
「……」
「嫌なことは、嫌って言えよ?」
「…はい、そんなの、もちろんですよ」
「なら、いいけど」



そして、会話が途切れて、またさっきの続きみたいに、2人で窓の外を眺めて。
しばらくしてのカップの底が見えた頃、イルミネーションがぱっと点灯した。
それを合図にするみたいに、オレもカップ底、数センチ残ったコーヒーをぐっと飲み干す。
とけ残った砂糖が、少し甘ったるい。

「…そろそろ、行くか」

伝票を持って、背もたれにかけたコートを手に取った。
いつだって、が自分から席を立つことはないけれど。
立ち上がるオレを、少しだって引き止めたりも、しない。

「はい」

やっぱりは、笑っていた。
喉の奥、不安がまたちょっと、膨らんでいく。






帰り道、さっきまで眺めていた人ごみの中に入る。
なんとなくこの中で手を繋ぐのは照れくさくて、だからその分、歩調をいつも以上に緩めた。
ちらちらと、隣を伺う。
は前を向いて、まっすぐ正面を見て、歩いていた。

「…クリスマス」
「はい?!」
「はは、何驚いてんだ?」
「いや、そういうわけでもなくて…あの、頭上から声がするの、まだ慣れなくて」
「そっかそっか。や、クリスマス、さ。、なんか欲しい?」
「え」
「欲しい、じゃなくても、なんかしたいでも、どっか行きたいでも、なんでもいいんだけど」
「う、うーん…急に言われても、思いつかないです。先輩は?」
「そうだなあ…や、確かに。聞かれてみると思い浮かばねえな」

にへっと笑って、オレを見上げるの視線。
可愛くて、愛おしくて、大好きで。
前から、そして今でも、これから先も。
きっと何度も何度も、恋をしてしまうような、そんな視線。

「ま、今すぐじゃなくてもいいから、思いついたら教えろよ」
「はい」
「家買って、とか、宇宙旅行したいとか、ブラジル行きたいとか、そういうのは無理だけど」
「あはは」

笑った顔に、笑い返して。
「でも、たまにはわがまま言ってくれな」と言ったら、「クセになっちゃいますよ?」と返された。
いいんだけどな、それで。
受身過ぎるおまえが、クセになってくれたらもうそれだけで言うことないんだけどな。





「おまえのわがまま、楽しみにしてる」





優しいんですね、と、口の端を上げた彼女に。
優しいのはのほうだと、頭の隅っこで考える。

彼女の頼みなら、なんだって聞いてやりたいと思う。
いつも頷く君みたいに、君の願いに、笑って頷けるオレでありたい。
見え始めた星を仰いで、そんなことを考える。



少しずつ膨らむ期待と不安を、一緒に抱えたまま。
と迎える、初めてのクリスマスイブまで、もう、あと14日。






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