*ご閲覧の前に…
以前に書いた櫻井話とリンクしています。
これだけでも読めると思いますが、よく分からない!というときは、こちらをお読みになっていただければと思います。
それではどうぞ!
揺るがない。
どんなことがあっても、これだけは絶対に。
だから、かき回したいならかき回せばいい。
気が済むまで、めちゃくちゃにしてみたらいい。
それでもアンタを愛する気持ちは、絶対に揺らいだりしないから。
檸檬爆弾の革命は――
【それは英雄の革命によって創られた】
ぱら、ぱら、と。
乾いた紙が、一定の間隔で音を立てる。
昼下がりの図書館。
いつもだったら満腹から来る睡眠欲に負けて、机にコンニチハをする時間。
それなのに、この時間に読書をすることが習慣になったなんて、実家のお袋が聞いたら泣いて喜ぶかもしれない。
でも、ごめんなさい、オカアサン。
俺の読書の習慣は、先人たちの残した偉大な知識を得るためでも、学問の多様さを知るためでも、
異文化理解のためでも、ましてや暇つぶし、でさえ、ないんです。
窓際、一番端。
この席からちょうど正面にある、図書館のカウンター――に、座る、一人の綺麗な女。
俺の目的は本なんかじゃなくって、あの綺麗な女が、俺に惚れてくれないかなあって。
そういう、素晴らしく難しい、目的。
読みもしない本をめくりながら、彼女を見る。
すると、俺の視線に気づいた彼女と、ばっちり目が合って。
ひらひらと、手を振った。
そんな俺に、彼女は笑って小さく手を上げて、そして。
その上げかけた小さな両手で口端を引っ張って、いーっと俺に歯を向けた。
(望むところ、じゃないの)
昔から、割とモテてきた。
それは、180cmっていう高い身長のせいなのか、それともお袋譲りのジャニ顔のせいなのか、
小さい頃から姉貴の友達にチヤホヤされて育ってきたせいなのか、
具体的なことは分からないけど、まあきっと、そういうの全部なんだろうと思う。
告白された回数は、両手じゃ足りない。過去の恋人の数は、正直片手じゃ足りない。
カワイイ子に告白されたらもちろん嬉しかったし、好きな子ができればこういう思いつく限りの自分の武器は、余すことなく使ってきた。
楽しかったし、面白かった。恋愛ごとで思い通りにならなかったことなんて、ほとんどなかった。
でも、退屈を感じなかったのか、と聞かれたら、多分俺は曖昧に笑って受け流してしまうだろう。
簡単に手に入ったものは、離れていくのもあっという間だったし、
記念日だイベントだって、わざとらしいほどの演出で恋人を喜ばせながら、
俺に向けられた笑顔と、俺の笑顔、その温度差に妙にテンションが下がったりして、瞬間冷却みたいに恋が冷めることがあった。
楽しい、それなのに、つまらない。
そういうとき、決まって世界は、モノクロに見えた。
図書館司書の彼女に惚れて、もう4年。
食事から全く進展しない俺の恋。
それでも世界は今だに、鮮やかな彩を保っている。
望んでも望んでも、俺の持つどんな武器を使っても、手に入らない。
彼女の笑顔と、俺の笑顔、温度が高いのは、いつまで経っても俺の方。
自分に、こんなに執着心があるなんて知らなかった。
手に入らない、だからこそ、欲しい、だなんて。
こんなのは初めてだった。
今日もまた、閉館の時間まで粘って、図書館にいる学生の最後の一人になる。
戸締りを終えた彼女は、いつもするように、呆れた表情で俺の机の傍までやってくる。
「…閉めますけど。出てってもらえませんか?」
細い右手の人差し指、鍵をくるくる回しながら。
ため息交じりの彼女の顔に、俺はにっこりと自慢の笑顔で笑って見せた。
「さっきのアレ、“いーっ”てよ、ガキじゃねえんだから」
「ガキで結構。視線が痛いんです」
「溶けるだろ? 俺の熱視線」
あごを上げて、視線を流すようにしながらそう言うと、ばっかじゃないの、と彼女が口を尖らす。
すごい――ばっかじゃないの、だって。
ばか、じゃなくて、ばっか。
力のこもったその言い方に、最近愛を感じちゃうんですけど、俺はナルシストですかね。
本当はもう、惚れかけてんだろ? なんて、言ったらまたぐーで殴られますかね。
こみ上げてくる幸せな笑みを、口に含んだまま。
俺は立ち上がって、そういえば、と話題を変えた。
「そういえばさ、お姉さん、イタリアン大好きだったよね」
「…それが何」
「駅の裏っかわ、新しくお店できたんだって。知ってる?」
「知らない」
「美味しいらしいよ。ついでに、バイトの男の子にめちゃくちゃイケメンの奴がいるんだって」
「へー、ふーん、ああそう」
「見てみたくない? イケメン」
俺の言葉を無視して、彼女はカウンターの中へ戻っていく。
俺は足元に置いていたクリアケースを慌てて持ち上げて、後に続いた。
カウンターを挟んで、向かい側。
腰をかがめて肘をついて、パソコンに向かう彼女に、ポケットに突っ込んでた一枚の紙切れを差し出した。
「はい、ご招待券」
「欲しいなんて一言も言ってないですけど」
「イケメンは今日、お姉さんの仕事が終わる8時からそこでバイトらしいよ」
俺の手につままれた紙切れを、ちらりと一瞥して。
彼女は大袈裟にため息をついた。
「…だったら早く行きなさいよ、もう7時15分よ」
「え? なんで俺? あ、そうか! お姉さん、俺のことイケメンだと思って――」
「はいはい、分かりました、分かりましたから」
「はは、じゃあ、来てくれる?」
「行かなきゃずっと、その調子なんでしょ?」
「分かってるね、さすが」
カウンター越しに、手を伸ばして、その小さな手のひら。
紙切れを握らせて、俺はひらひらと手を振った。
「入り口で指名してね。ウエイターはイケメン櫻井君でお願いします、って」
「ばか」
「嫌ならしょうがないけどさ、その招待券、俺じゃないと受付できないんで」
「…うわ、何これ、よく見たら……肩たたき券?」
「違うよ、招待券って書いてあるだろ。俺の手作り。櫻井クオリティー」
にしし、と笑ったら。
呆れたように、彼女も少し、笑った。
真っ白のカッターシャツに、少し長めの腰からのエプロン。
ちょっと前から流行ってるバリスタみたいなこの格好は、我ながらよく俺に似合う。
来てくれた大学の女の子にふざけて「惚れるだろ?」と言ったら、素直に頷かれたぐらい。
真咲に見せたらキザだなんだってぶーぶー言われそうだけど、この際、男の評価なんてどうでもいいわけであって、
結局、調子に乗った俺は、いつもと違う格好の俺を、大好きなあの人に見て欲しかっただけなんだ。
男心は単純。
ついでに、いつもと違う働く俺を見て、ちょっと男を意識してくれたらーなんていう、浅はかな計算だってもちろんある。
いらっしゃいませ、と、何人のお客さんを迎えただろう。
心待ちにして、大体1時間。
何度目かのその台詞を口にしたところで、やっと入り口に彼女が現れた。
思わず、浮かれながら。真っ直ぐに、彼女のところへ向かう。
「いらっしゃいませ、お客様。お一人様でいらっしゃいますか?」
「一人だけど…なんだか嫌味に聞こえるのはなんでですかね」
「それはお客様の心がひねくれていらっしゃるからじゃないですか?」
「うわ、腹立つ」
「ありがとうございます」
大袈裟に腰を折って見せたら、彼女は苦笑して、首を傾けた。
「あの」
「はい」
「ウエイター、キザでうさん臭い櫻井君を指名したいんですけど」
「…あいにく当店にはそのような者は。イケメンの櫻井ならおりますが」
「あれ、おかしいな。いるって聞いたんだけど…うーん、まあしょうがないか、じゃあ、その人でお願いします」
「かしこまりました」
こちらへどうぞ、と彼女を奥へ通す。
店の一番奥、窓際。
2人がけの小さなテーブル席に彼女を通して、メニューを開いた。
「注文何にする?」
「急に砕けた口調なのね」
「不満?」
「別に。あーあ、ちょっと楽しかったのに」
彼女はつまらなそうにおしぼりを受け取って、広げる。
テーブルの手前の椅子を引いて、壁際に座らせなかったのは、わざと。
一人で来た彼女を店内向きに座らせて、他の客に見せるのが嫌だったから。
俺が一緒なら、迷わず壁際の楽なほうにエスコートするけど、今日はごめんなさい。
独りよがりな独占欲を、心の中で小さく謝罪しながら、ボールペンの後ろをかちっと押す。
「ご希望ならば、この口調で通しますが」
「別にいいわ。よく考えたら気持ち悪いし」
「ああそうですか」
「ええそうですよ」
いつものテンポでやり取りをしながら、彼女はメニューの色んなところを指差して、俺に話しかけた。
あれが美味しそう、これも美味しそう。
何がお勧め?あ、待って、これなに?この黄色いの。
食事だけは何度も一緒に行ったから、もう知っている。
いつだって彼女は、それは楽しそうにメニューを眺めて。
何が来てもすごく美味しそうに、そして満足そうに食事をする。
そもそもは、一目惚れ、だったわけだけど。
こうして彼女の見せる顔の一つ一つは、いちいち俺の心を大きく掴む。強く。
「これと、これと、これと―――あ、ごめん、待って。いくらまで?」
「いいよ。好きなだけ食えよ」
「え、いいの? ほんと?」
「イケメン櫻井ですから」
ありがとう、と笑うその顔で。
今日のバイト代が全部飛んでいくんだろうなー、なんてことも、どうでもよくなっちまうんだから。
全く、俺の恋わずらいも相当なもんだ。
注文伝票を切って、エプロンにはさむ。
かしこまりました、少々お待ちください、と笑ってから、少し腰をかがめて、小声で彼女に話しかけた。
「その代わり、この店で2時間ほど粘ってほしいなーなんて」
「なんで?」
「今日ピンチヒッターなの。あと2時間。11時で終わり」
「ふーん。で、なんで私が2時間粘るの?」
「…つれないなあ」
「つられていたらたまらないなあ」
ああそうですか。頭をかいて、拗ねて見せた。
知ってるんだ、彼女はこんな俺の武器なんて通用する相手じゃないけれど、でも。
最近はたまに、負けたふり、をしてくれる、ってこと。
彼女は笑っている。だから多分、いける。
拗ねた次は、あれだ。
「ま、いいや。今日だけじゃないし」
「…」
「じゃ、ちょっと待っててね。すぐ持ってくっから」
「ねえ」
「うん?」
「…2時間。ぴったりだからね。それ以上は粘らないから」
押してだめなら、引いてみろ、ってね。
計算高い、俺の頭の中。
でも、その計算式を生むのも、そして思わずガッツポーズなんかしちゃうのも、全部。
彼女に恋を、しているから。
にへらっと緩んだ頬を片手で隠すと、自然に、言葉がこぼれた。
「…やっぱりお姉さん、大好きだ」
結局、俺の仕事が終わったのは、それから2時間とちょっとしてからだった。
延長は、十数分。
5分前にオーダーを取りにいったテーブルに座っていたのが、大学の後輩だったのが良くなかった。
掴まって、話を流すのが大変だった。(結局、飲みモンだけおごることになった。ついてない。)
大急ぎで出口で待っている彼女の近くに駆け寄ると、不機嫌な視線とぶつかった。
「…遅い」
「わりい。寒かった?」
初夏に片足突っ込んでるとは言え、昼間の薄着じゃ夜はまだ少し肌寒い。
両手で自分の二の腕をさするようにしている彼女に問いかけると、ぷい、と視線を外された。
「あと10秒もしたら帰ろうと思ってたところ」、と、そっぽを向いたその口が言葉をこぼす。
「でも、待っててくれた」
「先に帰ったら、君、すっごいうるさいじゃない」
「そりゃあ、」
ね。
やっとの攻防でバイト先まできてもらったわけだし、バイト代と引き換えの食事で待っててもらったわけだし。
夜道、危ないし。お姉さんになにかあったらやだし。
歩き始めた彼女の後ろ、ついて歩きながらそう言うと、彼女ははあっとため息をついた。
「…誰にでもそうなの?」
「え?」
「調子いいわよね、本当に」
かつ、かつと、ヒールを鳴らして彼女が歩く。
小さな歩幅、縮めるのはとても簡単なことなのに、俺はいつも斜め、少し後ろ。
だって、知ってるんだ。
並んでしまったら、彼女はきっと、もっと歩調を速める。息が切れるほどに。
こうしてちょっと後ろにいれば、安心してそのまま歩くくせに、
俺が横に並ぶと、まるで何かから逃げるみたいに必死になって歩くから。
でも、彼女は知らないんだろうな。
本当は、並んでゆっくり歩きたい、なんて。
少し視線を下ろす、そこにいつも。
彼女の笑顔があったらそれだけで、幸せに涙が出そうだなんて言ったら、
また“ばっかみたい”と鼻で笑われるんだろうな。
「分かってるくせに」
こんな俺が、誰にでも同じことを?
それこそ、ばっかみたい、だ。
誰が好き好んで、バイト代飛ばすの承知で食事奢るんだよ。
講義の合間、色鉛筆なんて持参しちゃって、年甲斐もなく肩たたき券もどき作るかよ。
毎日毎日、つまらねえ図書館に通うかよ。
バカみたいに、背中追っかけるかよ。
「何を?」
とぼける彼女がもどかしくて、歩調を速める。
そんな俺に意地になった彼女も、歩調を速める。
「知ってるだろ、お姉さん。俺の気持ちめちゃくちゃ知ってんだろ」
「…さあ、どうかな」
「言ってんだろ、いつも。俺はアンタが大好きだ」
「そんなの、」
本心じゃないかもしれないじゃない。
彼女が言う。
ますます歩調が速くなる。
「本心だよ。じゃなきゃ、こんな風に誘ったりしない」
「どうだか」
「バカみたいに奢ったりしない。真っ先に出迎えたりしねえよ」
「うそ。誰にでもするんでしょ?」
「できるかよ。あいにく、金のなる木は持ってないもんで」
俺が追う。彼女は逃げる。
縮むとまた引き離される、わずかな、距離。
「好きなんだよ。アンタが好きだ。分かんだろ」
「…出掛けに対応してた子にも、同じようなこと言ってるんじゃないの?」
「は? 誰だよそれ」
「…別に、分からないならいいけど」
「ああ、後輩? まさか。言うわけねえだろ」
「仲、よさそうだったじゃない」
「へー。嫉妬してくれるんだ」
「誰が!」
捕まえる、細い腕。
かがめて顔を覗き込むと、力ずく、みたいに視線をそらされる。
その仕草がまるで駄々をこねるガキみたいで、ちょっと力が抜けた。
でも、腕の力は緩めない。逃してたまるか。
「なんか突っかかんね、今日」
「別に、」
「別に、じゃないだろ。さっきまで笑って飯食ってたのに。かき回したいの?」
「…何を、よ」
「なんだかお姉さん、めちゃくちゃなんだよな。
こうして待っててくれるくせに、俺のこと嫌いみたいな態度とるし」
「みたい、じゃない。だいっきらいよ、君なんか」
「へー。それなのに妬くんだ」
「や、妬いてな…!」
「気づいてないの?」
だからさあ。
ばっかみたい、だいっきらい。
力いっぱいんなこと言われたら、期待すんだろ?
嫌がるくせに、最近誘えば来てくれるし、笑ってくれんじゃん。
誰にでも同じこと、なんて、そんなの。
そんなのもう、自分にだけそうしてほしいって、そう言ってるみたいに聞こえんじゃん。
「好きなんだろ?俺のこと」
ばちん、と、頬を叩かれた。
大した痛みでもないそれに、一瞬目を閉じて、すぐに開く。
そして、彼女を見る。
泣いていた。
「君、最低」
「なんとでも」
「バカ。バカバカ最低。だいっきらい」
「かき回したいなら、かき回すだけかき回せよ。それでも、」
それでも、好きだ。
大好きだ。君、が。
「変わらねえよ。アンタが好きだ」
あの日起こした、檸檬爆弾の革命は。
俺の世界に、とっておきの彩と。
ばっかみたい、に、強い。
それはそれは強い想いを、確かに創っていったのだから。
好きだ。
だから聞けよ、ちゃんと。
ちゃんと、見ろよ。
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※まさかの櫻井話、2回目。相変わらずキャラを勝手に作り上げてすみません。
櫻井君の話を書くときは、思いっきりキザに、と決めているのですが、今回のキザっぷりもとても恥ずかしくて楽しいです。
題名も思いっきりキザ仕様。とことんナルシー道を貫いたらいい。
そしてまさかの次回に続く、です。